今年7月のアートカレンダーにおいてもっとも注目を集めているのは、パシフィコ横浜で開催されている新たな国際的アートフェア「Tokyo Gendai」(7月6日〜9日)と言えるだろう。
同フェアは、開幕前の7月1日から様々なVIP向けのイベントやツアーを用意。杉本博司が設計・監修した「江之浦測候所」、今年5月にオープンした複合施設「まえばしガレリア」、藤本壮介が設計したアートホテル「白井屋ホテル」、磯崎新の設計による「原美術館ARC」への無料ツアーや、直島と豊島を2泊3日で巡る特別ツアー(有料)のほか、森美術館、アーティゾン美術館、国立新美術館、東京オペラシティアートギャラリーなど都内の美術館もVIPに無料で開かれている。
このような海外から訪れてきたコレクターのなかで好評を得たVIPプログラムについて、同フェアの共同創設者であるマグナス・レンフリューは、「東京や横浜だけでなく、ほかの場所でも本当にエキサイティングな場所を発見することができた」と話す。
同フェアは、世界のアートコミュニティを日本に迎え入れながら、日本各地における文化観光振興発展を目指す観光庁の協力を得て、このような充実したVIPプログラムを実現することができた。レンフリューは、「私たちがお互いに助け合うことで、素晴らしい相乗効果が生まれると思う。そして、このプログラムは今後も継続し、発展させていきたいと考えている」と意気込む。
Tokyo Gendaiを主催するのは、今年1月にシンガポールで初めて開催された「ART SG」や、2019年にローンチされた「台北當代(TAIPEI DANGDAI)」などの国際的なアートフェアを手がけてきた「The Art Assembly」。初回の開催からハウザー&ワース、ガゴシアン、ペースなどのメガギャラリーが集まったART SGやTAIPEI DANGDAIと比べると、Tokyo Gendaiのギャラリーラインナップはやや物足りないものだったかもしれない。参加ギャラリーの半数近くが海外からのギャラリーであるものの、東京に拠点を持つペロタンとBlum & Poeを除くと、海外からのブルーチップギャラリーと言えるのはAlmine RechやSadie Coles HQの数軒のみだからだ。
都心から離れた会場や、欧米のギャラリーにとって夏休みにあたるフェアの開催時期は、海外ギャラリーの出展を躊躇わせてしまう。また、海外の作品を輸入通関する際に課税される10パーセントの物品・サービス税(GST)も、従来海外のギャラリーにとって大きな参入障壁だった。Tokyo Gendaiは開催の約1年前から税関に保税資格の申請をしており、保税資格の取得により海外からのギャラリーはGSTを留保したかたちでの美術品持ち込み・展示が可能となったため、多くの海外ギャラリーにとって今後の出展はより容易になると考えられている。
このような困難に直面しながらも、レンフリューは「今年のフェアは長い旅路の最初の一歩に過ぎない」と決意をもって答えた。「私たちの願望は、規模や知名度の両面で年々フェアを発展させていくこと。毎年、ギャラリーの参加、プログラム、来場者数など、確実に一歩ずつ前進し、継続的に懸命に取り組んでいきたいと考えている」。
レンフリューによれば、フェア会期中に海外から東京を訪れ、将来的な参加を視野に入れているギャラリストが多く存在しているという。実際、6日の午後2時にVIPプレビューが始まる前から、会場の入り口には長蛇の列ができていた。初日には、前澤友作、大林剛郎、桶田俊二・聖子夫妻など日本を代表するコレクターのほか、河野太郎デジタル相や駐日米国大使ラーム・エマニュエルと妻のエイミー・ルール、森美術館館長・片岡真実、アーツ前橋特別館長・南條史生、金沢21世紀美術館館長・長谷川祐子、滋賀県立美術館ディレクター・保坂健二朗、海外からは香港の俳優トニー・レオン、サンプライド財団の創設者パトリック・サンなども会場に駆けつけた。
では、実際の展示内容を見てみよう。ミヅマアートギャラリーでは会田誠の「梅干し」シリーズや弁当箱を使った「ランチボックス・ペインティング」シリーズをはじめ、天野喜孝、O JUN、近藤聡乃、宮永愛子、山口晃、米谷健+ジュリアなどの作品を展示。小山登美夫ギャラリーでは菅木志雄、杉戸洋、蜷川実花、工藤麻紀子、KOTARO NUKAGAでは松山智一、平子雄一、石塚元太良、SCAI THE BATHHOUSEでは宮島達男、名和晃平、大庭大介など、日本のベテランから若手までの代表的な作家を海外の鑑賞者に紹介することができたと言える。
PARCELは、昨年の「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」で展示されたSIDE CORE / EVERYDAY HOLIDAY SQUADの立体作品と、今年3月から4月にかけて馬喰町にあるギャラリースペースで個展を開催した太郎千恵藏の絵画作品を紹介。Kaikai Kiki Galleryが出品したMr.の新作インスタレーションやMADSAKIの大型彫刻、NANZUKAで行われたボウボウのライブペインティングを写真に収めようと多くの来場者が集まった。
「TSUBOMI」セクションでは、イケムラレイコ、米田知子、山元彩香、杉浦邦恵、長島有里枝といった日本を代表する女性作家の作品を展示。ソウルとシンガポールに拠点を置くThe Columns Galleryでは、女性労働者を共通のテーマに、エイサ・ジョクソン、ハン・ヤジュアン、チョン・ジョンミー、木嶋愛、イ・ヒョンジョンといった5人のアジア人女性アーティストの作品を紹介している。
見応えのある展示に比べると、初日の作品の売れ行きはやや緩やかだった。取材したギャラリーのなかでは、アートフェアにデビューしたHillside Galleryが開幕前にプレセールした佐藤晋也の絵画2点(8万ドル)と七户優の絵画2点(7万2000ドル)を含めて初日に合計6点の作品を販売。
Blum & Poeは奈良美智、岡崎乾二郎、浜名一憲らの作品を2万ドル〜40万ドルの価格で、Sadie Coles HQは現在金沢21世紀美術館で個展を開催中のアレックス・ダ・コルテのネオン作品《Sewn To The Sky (Gemini)》(2020)を12万ドルで販売した。Almine Rechでは、約43万〜46万ドルのトム・ウェッセルマンの油彩画《Smoker Study (For Smoker #20)》(1974)をはじめ、初日に合計5点の作品を取引した。
初日は活発なセールスが見られなかったが、多くのギャラリーは国内外のコレクターから多くの問い合わせを受けたという。保守的なグループ展を行うギャラリーが多くあるなか、パリのFitzpatrick Galleryは、あえて一点のみの作品を展示。2019年の第58回ヴェネチア・ビエンナーレにも出展したウルグアイ出身のアーティスト、ジル・マレディの大作絵画《雪の中で戦う猿》(2023)だ。ギャラリーオーナーのロバート・オクダ・フィッツパトリックによれば、6000万円の値がつくこの作品にはすでに美術館や個人コレクターから問い合わせが寄せられているという。
ニューヨークのJack Shainman Galleryも、ナイジェリア系アメリカ人のトイン・オジー・オドゥトラの作品を個展形式で紹介。作品の価格帯は14万5000ドル〜32万5000ドル。ギャラリーのシニア・ディレクターであるジョオンナ・ベロラド=サミュエルズは、「彼女の作品に対する需要が高いので、現時点ではリザーブをとっているだけ。すべての作品の収蔵先をきちんと確認したいからだ」と語っている。
開幕前はフェアの成功を疑問視する声も多かったが、初日の雰囲気はポジティブだった。ギャラリー関係者からは「予想以上に多くの海外コレクターに出会えた」という声も聞こえた。フェアのセレクションコミッティのひとりでBlum & Poeの共同創設者であるティム・ブラムは、今後のフェア成功の鍵になるのはより多くの「シリアスなギャラリー」に出展してもらうことだとしている。
レンフリューも「ここ(東京)には大きな可能性があると思う」と楽観的な見方を示しつつ、次のような期待を寄せている。「この1週間が終わるころには、確かな売り上げがあり、本当に良いコネクションができ、日本にいることを楽しんでもらえたら」。