群馬県前橋市に、注目のアートスポットが誕生する。前橋駅から徒歩圏内の目抜き通りに面した場所には、江戸時代より約300年ものあいだ老舗旅館「白井屋旅館」が存在し、多くの芸術家や著名人に愛されてきた。この旅館は1970年には建て替えとともにホテル業に転換したが、中心市街地の衰退により、2008年に惜しまれながら廃業。そのヘリテージを活かし、開業するのが「白井屋ホテル / SHIROIYA HOTEL」だ。
2014年に前橋市の活性化活動「前橋モデル」を主導する田中仁財団の活動の一環として、再生プロジェクトがスタートした「白井屋ホテル / SHIROIYA HOTEL」。その設計を担ったのは、日本を代表する建築家・藤本壮介だ。かつての老舗旅館のコンクリートの構造を剥き出しにした、大胆な吹き抜けが印象的なヘリテージタワーと、前橋のビジョン「めぶく。」を体現し、旧河川の地形を活かした「土手」を模したグリーンタワーの2棟で構成されている。
ヘリテージタワー
この2つの棟に欠かせない存在が「アート」だ。まずヘリテージタワーは、その外観からして目を引く。国道50号線側のファサードを飾るのは、コンセプチュアル・アートの旗手として1960年代から現代美術の第一線で活動してきたローレンス・ウィナーの作品。この作品は新作で、ウィナー自身が前橋の歴史などを理解したうえで制作したという。
入館するとすぐのフロントでは、杉本博司の「海景」シリーズが迎えてくれる。これは「海景」のなかでも淡水湖の様子をとらえた作品で、杉本自身がこの場所のために選んだものだ。
またヘリテージタワーを象徴するのが、4階までの大胆な吹き抜けだろう。まるでエッシャーの世界に迷い込んだかのように、梁と階段が複雑に絡み合うこの場所には、金沢21世紀美術館の常設作品や森美術館の展覧会などでも話題を集めるレアンドロ・エルリッヒによる幻想的な光を用いた《Lighting Pipes(ライティングパイプ)》が、空間を縫うように設置されている。水道管を模したこの作品はその名の通り発光しており、昼と夜ではまったく違う印象を与えてくれる。
ヘリテージタワーの客室は17室。すべての部屋に異なる作品が展示されているが、なかでも泊まってみたいのが4つのスペシャルルームだ。これらは、ジャスパー・モリソン、ミケーレ・デ・ルッキ、レアンドロ・エルリッヒ、藤本壮介がそれぞれひとつの客室の内装設計を一から手がけたもので、まさに世界にひとつだけの空間となっている。
なおその他の客室のデザイン・設計はすべて藤本壮介によるものなので、こちらも高いクオリティであることは間違いない。
ヘリテージタワー1階には「白井屋ホテル」のメインダイニングである「the RESTAURANT」が入っており、ミシュランガイド東京で2つ星を獲得した青山のフレンチレストラン「フロリレージュ」のオーナーシェフ・川手寛康が監修し、地元群馬出身の片山ひろが、フロリレージュをはじめとする国内外の名店での2年間にも及ぶ研修を経て、キッチンに立つ。
また吹き抜け1階にはオールデイダイニング兼ラウンジもあるので、《ライティング・パイプ》を眺めながら、さながら「街のリビング」のようにくつろぎたい。
グリーンタワー
まるで丘のようなグリーンタワーは、わずか8室の客室のみで構成された。丘を登るように階段を上がるとサウナがあり、そのさらに上、頂上の小屋には宮島達男の作品が展示される。これは宿泊客のみが体感することができる貴重なものだ。
こちらも客室にはそれぞれ作品が設置してあり、鬼頭健吾らの作品を宿泊しながら楽しめる。
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今回の白井屋プロジェクトについて、藤本壮介は「多様な人やモノ、活動を受け入れ、巻き込み、巻き込まれながら、前橋の街とともに白井屋がこれからも変化し、成長していくことを願っている」とコメントを発表。また、レアンドロ・エルリッヒが「建築とは、人間の想像力の表れであると同時に、今この瞬間の創造性、そして日常生活との接点となるアートの力の出発点でもあるのです」と語っているように、白井屋は建築とアートとが融合した、他に類を見ない空間となった。
アーツ前橋を有し、商店街にも少しずつ魅力的な店やコミュニティスペースなどが誕生している前橋。白井屋ホテルは新たなアートと食文化の発信の場(デスティネーション)として、この地域全体にさらなる活力をもたらすだろう。