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2023.5.7

アートの街へと進化を遂げる前橋。「まえばしガレリア」誕生で強化されるソフトパワー

群馬県前橋市に、新たなアートスポットとなる「まえばしガレリア」が誕生した。東京を拠点とするギャラリーが複数入居する同施設は、前橋のソフトパワーをさらに強化させるものだ。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

まえばしガレリア
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街に開かれたアートスポット

 群馬県前橋市が、着実に「アートの街」へと変貌を遂げている。アーツ前橋白井屋ホテルに続き、第3のアートの拠点とも言える「まえばしガレリア」が5月7日、市内中心部に誕生した。複数のギャラリーとレストラン、住居が一体となった複合施設だ。

まえばしガレリアの住居部分

 同施設が位置するのは、白井屋ホテルやアーツ前橋から徒歩圏内の場所。9つの商店街からなる「前橋中心商店街」の中心に位置する敷地は、かつて大正時代から映画館があった場所だという。近年は市が所有者となり地域の広場として開放されてきたが、周辺の街並みが繁華街化したことで民間へ売却。これがきっかけとなり「まえばしガレリア」の計画がスタートし、5年の歳月をかけて完成に至った。

 「まえばしガレリア」が掲げるコンセプトは、「発見のある暮らし、創造が生まれる場所、前橋ラバーズが集う拠点。」。運営は株式会社まちの開発舎(代表:橋本薫)が担う。

 敷地面積は1241平米、延床面積は2018平米。建築設計は太田市美術館・図書館などで知られる株式会社平田晃久建築設計事務所によるものだ。中庭を囲むようにギャラリーや住居が広がるこの施設。平田は設計にあたり、「街の中で拠点となるような場所をどうすればつくれるのかという問いかけから始まった。大きな樹冠のように緑化されたボリュームを浮かべ、1本の樹の下に人々が集まるように、人々の自由な活動で満ちた場所をつくりたいと考えた」と語る。建築は街に開かれており、光と風が抜ける、まるで広場のような空間だ。

まえばしガレリアの中庭。奥に見えるのはレストランだ
住居部分はグリッド状に配置されている

 建物は4階構造で、2~4階は住居エリア。1階は中庭を囲む3区画のテナントから構成されており、うち2区画がギャラリーエリアとなる。ギャラリー1はタカ・イシイギャラリー、ギャラリー2は小山登美夫ギャラリーMAKI Galleryrin art association・Art Office Shiobaraの4者による共同運営というユニークなかたちだ。

 入居ギャラリーのなかでもっとも巨大なタカ・イシイギャラリーは通りに面しており、巨大なガラス張りのファサード(当然、作品に影響を与える紫外線はカットされる仕様だ)と7メートルという高い吹き抜けが特徴的なスペース。六本木・天王洲・京都にもスペースやビューイングルームを持つ同ギャラリーだが、前橋はそのなかで最大のものとなる。

 タカ・イシイギャラリー代表の石井孝之は前橋に出店した理由を、「前橋はアーツ前橋や白井屋ホテルなどを歩いて回ることができるエリア。その特徴に可能性を感じた。またギャラリースペースの大きさも魅力的だ」と語る。懸念されるのは前橋の美術市場規模だが、石井は「いまの時代、マーケットに場所は関係ない。発信さえすればコレクターにはリーチできる」としており、むしろ長期的に地域が発展していく可能性を重視する姿勢を見せている。

タカ・イシイギャラリー 前橋の内観。オープニングはディノス・チャップマンの「ƎVƎI⅃Ǝ𐐒」展とともにケリス・ウィン・エヴァンス 「Mantra」をエントランスに展示する
タカ・イシイギャラリー 前橋の内観。オープニングはディノス・チャップマンの「ƎVƎI⅃Ǝ𐐒」展とともにケリス・ウィン・エヴァンス 「Mantra」をエントランスに展示する
タカ・イシイギャラリー 前橋の外観

 いっぽうのギャラリー2は8メートルの高い吹き抜けを有するスペースで、絵画からインスタレーションまで、多様な作品を展示できるように設計されている。

 一般的にコマーシャルギャラリーは「敷居が高い」と言われることが多い。しかしハード面の工夫によって、美術館やホテルとも異なる、文字通りの「透明性」が確保されたと言えるだろう。

ギャラリー2の外観。オープニングでは鬼頭健吾のインスタレーション《Untitled hula hoop》(2005)が吹き抜けを飾る
ギャラリー2より、ミヤ・アンドウ《Unkai(A Sea of Clouds) Faint Blue Green Purple》(2020)と、《Unkai(Sea of Clouds) Tokyo October 28 2020 5:15 AM》(2021)
ギャラリー2の展示風景より
ギャラリー2の展示風景より、鬼頭健吾《Untitled hula hoop》(2005)

なぜ前橋なのか?

 人口33万人(令和5年3月末)の中核都市になぜこれほどまで続々とアートが集まってくるのか? それを理解するにはまず、前橋市の文化政策を振り返る必要がある。

 前橋市は16年8⽉に「前橋市ビジョン」を発表し、ボディコピーとなる「めぶく。」を打ち出した。すでに存在していた公立美術館「アーツ前橋」(デパート別館だった建物をリノベーションし、2013年に開館)に加え、ビジョンの制定以降、300年の歴史を持つ白井屋旅館をリノベーションしたアートホテル「白井屋ホテル」が20年に開業。ローレンス・ウィナーレアンドロ・エルリッヒら、国際的に知名度の高いアーティストたちの作品が館内外に設置され、いまや国内屈指のアートホテルとなっている。

 また街中には、小規模ながらユニークな魅⼒を持つショップやコミュニティスペースなどが相次いで誕生しており、商店街は徐々に賑わいを取り戻しつつある。文化政策のグランドデザインが、街に着実な変化をもたらしているのだ。

アーツ前橋
白井屋ホテル。外観はローレンス・ウィナーの作品が飾る

 こうしたアートによる前橋市活性化の背景には、「キーパーソン」の存在も大きい。

 同地出身者でメガネブランド「JINS」の創業者である田中仁は、14年に群馬の地域活性化支援を目的とした田中仁財団を設立。上述の白井屋ホテルをはじめ、前橋市街地の活性化に精力的に取り組むとともに、多くの人々の視線を前橋に向けさせてきた。

 田中は「パッションがないと人は集まらない。まちづくりは共感者が多く、地域社会に役立ちたいという気持ちは皆が持っているもの。その火付け役となる人間が必要だ」と、人の重要性を語る。

 行政側の取り組みが果たす役割も大きい。市は23年度に文化芸術戦略について広くアドバイスするための「前橋市文化芸術戦略顧問」制度を創設。森美術館特別顧問の南條史生を同職に就任させるという驚きの人事を見せた。また南條はアーツ前橋初の特別館長にも就任。街とアートの相互発展や、アートと街の融合の重要性を強調しており、今後もアートが前橋市にとって重要なファクターであり続けるであろうことは、想像に難くない。

 官と民、そしてアート界が連携し、戦略的にソフトパワーを強化する前橋市。同市中心部には今後も様々な著名建築家によるプロジェクトが誕生する予定だ。前橋の変化は、まだまだ終わりそうにない。