REVIEW

「偽造」し、真価を「奪う」ことで見えてくるものとは? 中尾拓哉評 TENGAone「盲点-blind spot-」展

ストリート・アーティストとして国内外で活動し、近年ギャラリーやフェアへと発表の場を広げているTENGAone。ダンボールという「使い捨て」の素材を「偽造」し、その上に商品パッケージやキャラクターのイメージを描いたシリーズのほか、キャンバスを用いた大作も発表した。同展について、美術評論家の中尾拓哉がその作品のレイヤーをときほぐす。

2018.11.16

剥き出しの技術(テクノロジー)のアクチュアリティ。松井茂評「空白より感得する」展

1980年代初頭からテクノロジーを通じ、自然現象をとらえる先駆的な活動を行ってきたフェリックス・ヘスを20年ぶりに日本に招聘。その思想に共鳴する、世代を超えた作家たちとともにつくりあげた展覧会「空白より感得する」が京都の瑞雲庵で行われた。本展を、詩人で情報科学芸術大学院大学准教授の松井茂がレビューする。

2018.11.14

言葉と美術の豊かな関係。日比野民蓉評「ことばをながめる、ことばとあるく―詩と歌のある風景」展

群馬県太田市の太田市美術館・図書館で開催された「ことばをながめる、ことばとあるく―詩と歌のある風景」展には、詩人・最果タヒやグラフィックデザイナー・祖父江慎をはじめ、文学やデザイン、絵画、イラストレーションの分野から9名の作家が参加した。ひとつの空間内で言葉と美術が垣根を越えて交わった本展について、横浜美術館学芸員の日比野民蓉がレビューする。

2018.11.9

「美術館」で「美術館」を考える。 松岡剛評「〈正・誤・表〉 美術館とそのコレクションをめぐるプログラム」展

9月に新潟市美術館で開催された「〈正・誤・表〉 美術館とそのコレクションをめぐるプログラム」展は、コレクションを中心に紹介しながら、作品を所蔵し、貸し出し、展示するといった美術館の機能それ自体に批評的に切り込む試みであった。美術と美術館をとりまく状況や、その不安定性を主題とした本展を、広島市現代美術館学芸員の松岡剛がレビューする。

2018.11.2

時間と記憶を浮かび上がらせる、映像インスタレーション展。福尾匠評 リー・キット「僕らはもっと繊細だった。」

現代アジアを代表する作家のひとり、リー・キットが日本の美術館での初個展を原美術館で開催中だ。40年の歴史を持つ同館の時間や光のうつろいに寄り添いながら、絵画、アクリルケースや扇風機といったものと映像とを組み合わせ、連続性のあるインスタレーション空間を生み出した。同展について、映像論を研究する福尾匠が論じる。

2018.11.1

ぎこちなく痙攣する映像。大岩雄典評「マジック・ランタン 光と影の映像史」

プロジェクション・マッピングやパブリック・ビューイングなど、近年多様な広がりを見せる「映像」に焦点を当てた展覧会「マジック・ランタン 光と影の映像史」が、10月14日まで東京都写真美術館で開催された。映画の誕生以前に生まれた映像装置や資料、小金沢健人の作品などを通して現代の映像表現を考察するこの展覧会を、美術家の大岩雄典がレビューする。

2018.10.19

絵画を問い、絵画が問う「美術」の在りか。鈴木俊晴評 大塚泰子展「カラープール」

リトグラフやクレパスによるカラフルな色面を空間に構成し、展示室内をリズミカルで心地よい場所へと転換するアーティスト・大塚泰子。新作個展が名古屋の港町にある、元手芸用品店のBotão Galleryで開催中だ。大塚が取り組んだインスタレーションを読み解く手掛かりとは。豊田市美術館学芸員の鈴木俊晴がレビューする。

2018.10.18

渦中の美術家が抱えていた現実。 長谷川新評「時代に生き、時代を超える 板橋区立美術館コレクションの日本近代洋画1920s-1950s」展

現在、群馬県立館林美術館では、関東大震災や金融恐慌、戦争を経験した作家に焦点を当てた展覧会「時代に生き、時代を超える 板橋区立美術館コレクションの日本近代洋画1920s-1950s」が開催されている。渦中を生きた作家たちははどのような現実を抱えていたのだろうか。この問いに対峙することを目指した本展を、インディペンデント・キュレーターの長谷川新がレビューする。

2018.10.16

資料館でアートを発表したらどうなる? ウールズィー・ジェレミ―評「パープルーム大学附属ミュージアムのヘルスケア」展

梅津庸一が主宰する美術の共同体「パープルーム」が現代美術とそれに隣接する領域に携わっている人々の作品を収集し、茨城県常陸太田市の郷土資料とともに展示する展覧会「パープルーム大学附属ミュージアムのヘルスケア」が、茨城県常陸太田市郷土資料館梅津会館で開催された。この展覧会を、90年代以降の美術批評を専門とする東京藝術大学大学院生のウールズィー・ジェレミ―が読み解く。

2018.10.14

京都芸大資料館収蔵品の声に耳をすます。砂山太一評:田村友一郎「叫び声/Hell Scream」

京都市立芸術大学の150年におよぶ歴史を、同大学芸術資料館のコレクションからたどる「京都市立芸術大学芸術資料館収蔵品活用展」として、田村友一郎による展覧会「叫び声/Hell Scream」が開催された。土地や歴史のリサーチを通して、独自にコンテクストを見出し物語を紡ぐ作風で知られる田村が、本展でみせた手腕とは。同大学特任講師を務め、作家、研究者としても活動する砂山太一が読み解く。

2018.10.11

絵画の廃墟への、画家の愛。 沢山遼評「秋吉風人展 We meet only to part : 逢うは別れ」

7年にわたるベルリンでの生活を経て、今年より名古屋を拠点とする秋吉風人。秋吉は自身の制作において、ルールや偶発性の導入、多様な技法の混合、制作過程の可視化、物質性の強調といった手法を用いながら、絵画を絵画たらしめるものとは何かを問い続けてきた。「個人と個人」「個人と社会」がテーマの新シリーズを発表した個展「We meet only to part : 逢うは別れ」を、美術批評家の沢山遼がレビューする。

2018.10.10

「絵」という枠組みから〈震災〉にフォーカスする企画意図とは。 大森俊克評「絵と、vol.3 村瀬恭子展」

「絵」をテーマとした連続企画の第3弾として、「村瀬恭子展」がgallery αMにて開催中だ。〈震災〉との関わりから、キュレーションを組み立てている本シリーズ。テーマとキュレーション、そして作品との関係性について、美術評論家の大森俊克が切り込む。

2018.10.1

夭折の画家、その軌跡を辿る。黒沢聖覇評「中園孔二展 外縁-見てみたかった景色」

2015年、弱冠25歳でこの世を去った画家・中園孔二。その画業をたどる回顧展「中園孔二展 外縁-見てみたかった景色」が横須賀美術館で開催されている。中園にとって初の美術館個展でもある本展を、第7回モスクワ国際現代美術ビエンナーレでアシスタントキュレーターとして中園作品の展示に携わった東京藝術大学の黒沢聖覇がレビューする。

2018.9.22

アジアのアートアワードの現在を探る。 服部浩之評「APB シグネチャー・アート・プライズ 2018」

世界各地で開催されているアートアワード。シンガポールで、アジア圏内の46の国と地域から113作品がノミネートされる大規模なアートアワード「APB Foundation Signature Art Prize 2018」のファイナリスト展が開催された。本アワードにノミネーターとして参加したインディペンデント・キュレーターの服部浩之が、その内容に迫る。

2018.9.20

全シミュラークル的状況の構築。 長谷川新評 武田雄介展「void」

昨年、金沢21世紀美術館で開催された個展「アペルト06」も記憶に新しい武田雄介。京都のMORI YU GALLERYで現在開催中の個展は、「void」(=無効)と題され、ゲームエンジン「Unity」の世界と物理空間を同一化させるようなアプローチを見せている。その背景にはどのような意図が含まれているのだろうか。インディペンデント・キュレーターの長谷川新がレビューする。

2018.9.15

「墓」の中に広がる「作品の死」の多様性。 鷲田めるろ評 エキソニモ + YCAM共同企画展「メディアアートの輪廻転生」

10月28日まで山口情報芸術センター[YCAM]で開催されている「メディアアートの輪廻転生」展。本展はYCAMとアートユニット「エキソニモ」の共同キュレーションによるものとして注目を集めている。各作家が様々な視点でメディア・アートにおける作品の「死」について考えた本展を、国内外でインディペンデント・キュレーターとして活躍する鷲田めるろがレビューする。

2018.9.14