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3年間の閉鎖を経て、アート・バーゼル香港が見せた力強いカムバック

アート・バーゼル香港の2023年版が3月21日に開幕。コロナ禍以来初めて、海外からの来場者がホテル隔離を受けずに参加できる今年のフェアをレポートする。

文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

会場風景より

 約3年間に続いていた厳格な渡航制限の影響や、韓国シンガポールなどの新興アートマーケットからのチャレンジを受け、香港は「香港が戻ってきた」と世界に宣言することを待ちきれないでいる。

 3月21日に香港コンベンション&エキシビションセンター(HKCEC)で開幕したアート・バーゼル香港(Art Basel Hong Kong、以下ABHK)の2023年版は、この瞬間を告げるものだ。

 今年のABHKは、コロナ禍以来海外からの来場者がホテル隔離を受けずに参加できる最初のフェア。32の国と地域から177のギャラリーが集まっており、「メインギャラリーズ」のほか、「エンカウンターズ」「キャビネット」「カンバセーションズ」「フィルム」などすべての特別部門が全面的に復活している。

 大型インスタレーション作品を紹介するエンカウンターズ部門では、今年、シドニーのアートスペース・エグゼクティブディレクターであり、第59回ヴェネチア・ビエンナーレにおけるオーストラリア館のキュレーターでもあるアレクシィー・グラス・カントワーのキュレーションにより、「いまこの時、この瞬間」をテーマとした13の巨大作品を展示。

 廃棄されたユーロ紙幣を細かく裁断して制作したカルロス・アイレスの彫刻インスタレーション《Like Tears in the Rain》(2023)や、ビニールシートに包まれながらも水を流し続けるナブキの噴水インスタレーション《Fountain:Night Garden》(2020)、動物のマスクをかぶった複数のマネキンによって構成され、現代社会におけるあらゆる年齢層や職業の人々を象徴するギム・ホンソックの《Solitude of Silences》(2017-19)などは、会場に入った瞬間に強い視覚的インパクトを与えている。

会場風景より、ナブキ《Fountain:Night Garden》(2020)

 ベルギーと香港に拠点を持つアクセル・フェルフォールド・ギャラリーによって同部門に出品されたジャファ・ラムの《Trolley Party》(2023)は、リサイクルされた傘による幅14メートルのパッチワークと、工業用トロリーでつくられた6つの椅子から構成されたもの。香港の繊維職人と協力して制作されたこの作品は、産業の歴史や消費主義をめぐる思考を喚起しながら、作品の下で休憩し、ひとときの安らぎを得ることができるシェルターもつくり出している。

会場風景より、ジャファ・ラム《Trolley Party》(2023)

 同ギャラリーのディレクターである河島まりこは、「この作品は今回のテーマに非常に共鳴している」としつつ、今回の出展について「約3年間の閉鎖を経て、いまこそは香港のポテンシャルの高さをアピールするときだ」と話している。

 昨年11月にアート・バーゼルのCEOに就任したノア・ホロヴィッツは、開幕前の記者会見で次のような力強い言葉を残している。「ABHKは、香港のダイナミックなカルチャーシーンを祝うものであると同時に、アジアマーケットへのゲートウェイとして、私の心のなかでつねに特別な位置を占めている。それは、今日の国際アートフェアのサーキットにおいて、エネルギーとダイナミズムに満ちた、比類のない発見のためのプラットフォームを提供するユニークなものだ」。

 都市封鎖の3年間で、アジア最大級のヴィジュアル・カルチャー博物館である「M+」や、香港故宮文化博物館などの新しい文化施設が香港に続々と開館。また、クリスティーズサザビーズフィリップスといった世界3大のオークションハウスが香港に新しいアジア本社をオープンし、またはオープン予定を発表しており、ホロヴィッツは「これらのことは、香港市場の強さと香港の重要性を証明するものだ」と、香港に対する確信を示す。

会場風景より

 オークションハウスだけでなく、ギャラリーも香港での拡張を見せ続ける。今年のABHKの開幕に先立ち、北京、香港、バンコク、ソウルにスペースを持つTang Contemporary Artは香港における2番目のギャラリーをオープン。2018年に香港で実験的空間である「SHOP Taka Ishii Gallery」を立ち上げたタカ・イシイギャラリーも新たなビューイングスペースを開設した。

 タカ・イシイギャラリーは、今年のABHKでジャデ・ファドジュティミ、ヤン・ゲルストバーガー、掛井五郎の作品を紹介。開幕後最初の数時間で約4割の作品は売約済みだったという。同ギャラリーの代表である石井孝之は今回のフェアについて、「コロナ禍前に戻ったような感じがする」としつつ、「中国や香港で20代の若いコレクターたちが非常に増えているので、コロナ禍でなかなか会えなかったそういうコレクターたちとのコネクションができれば」と期待を寄せている。

会場風景より、タカ・イシイギャラリーのブース

 ミヒャエル・ボレマンス、マーク・マンダース、リュック・タイマンスなどのアーティストを取り扱っているベルギーのZeno X Galleryは、これらの代表的なアーティストの作品を紹介しながら、アジアに焦点を当てた個展を展開する同フェアのキャビネット部門にも参加。ここで、2021年に同ギャラリーによる取り扱いが発表された、現在ソウルのロッテミュージアムで個展を開催中のマルタン・マルジェラのトルソ彫刻やフィルムダストペインティングを展示している。

会場風景より、Zeno X Galleryのブース。手前はマルタン・マルジェラの作品群

 同ギャラリーは、初日に67万5000ドルのボレマンスの絵画や、5万5000ユートと9万ユーロのピエトロ・ロッカサルヴァの絵画2点、2万7000ユーロと4万5000ユーロのマルジェラの彫刻とペインティングを販売したという。ギャラリーディレクターのアーロン・ハリスによれば、2020年に金沢21世紀美術館で開催されたボレマンスとマンダースの2人展と、21年に東京都現代美術館で行われたマンダースの個展の相乗効果により、日本から多数の問い合わせが入っているという。「アジアのコレクターと接することができないのは寂しい限りなので、今回はたくさんのエネルギーとポジティブな気持ちでABHKに出展した」。

 その他のメジャーなギャラリーも好調な売上を記録している。オオタファインアーツは、フェア開幕前に約7割の作品を売却。そのうち、現在M+で大規模な回顧展を開催している草間彌生のかぼちゃの新作彫刻は、1エディション350万ドルの価格で複数のアジアのコレクションによって購入されたという。

会場風景より、オオタファインアーツのブース

 デイヴィッド・ツヴィルナーは、開幕後の最初の1時間にジョーダン・ウルフソンの彫刻《Red Sculpture》を90万ドルで上海の龍美術館に、エリザベス・ペイトンのペインティング《Truffaut》を220万ドルでアジアの美術館に販売。ハウザー&ワースは、初日に350万ドルのマーク・ブラッドフォードの絵画《A Straight Line》をはじめ、パット・ステアー、フランク・ボウリング、エドワード・クラーク、ポール・マッカーシー、ヘンリー・テイラーなど合計10点の作品を販売し、ほとんどが中国またはアジアの美術館/個人コレクターによる購入だったという。

会場風景より、デイヴィッド・ツヴィルナーのブース。手前はジョーダン・ウルフソン《Red Sculpture》
会場風景より、ハウザー&ワースのブース。中央は97万5000ドルで販売されたパット・ステアー《Rainbow Waterfall #3》

 今年の参加ギャラリーのうち、3分の2以上はアジア地域に展示スペースを持ち、33のギャラリーは香港にスペースを持っている。同フェアの新ディレクターであるアンジェル・シヤン・ルーは、アート・バーゼルの香港およびアジア太平洋地域へのコミットメントを強調しつつ、このフェアは「西洋を東洋に迎え入れるだけでなく、西洋が東洋を理解し、そこから学ぶことを手助ける」という双方向の架け橋だとしている。

 香港のEmpty Galleryは、昨年のヴェネチア・ビエンナーレの参加作家であるジェス・ファンとティシャン・シューをはじめとする6人のアーティストを紹介。2020年から22年にかけて渡航制限中に開催された同フェアについてギャラリーアソシエイトのアリーシャ・リーは、「とても静かだった。パフォーマンス面だけでなく、エネルギー面でも物足りなさを感じた」と振り返りつつ、次のように話している。

 「地元の観客はもちろん重要だが、香港以外の人たちにも、この街で何が起こっているのかを知ってもらいたい。私たちが期待しているのは、香港で楽しい時間を過ごしてほしい、香港をあきらめないでほしいということだ。また、皆さんと空間を共有できることをとても嬉しく思っている」。

会場風景より、Empty Galleryのブース

編集部

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