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「下村観山展」(東京国立近代美術館)開幕レポート。13年ぶりの大回顧展で問い直される、近代日本画の巨人

東京・竹橋の東京国立近代美術館で「下村観山展」が開幕した。関東では13年ぶりとなる下村観山の大規模回顧展の見どころとは?

文・撮影=橋爪勇介(編集部)

展示風景より、下村観山《弱法師(よろぼし)》(1915)

 東京・竹橋の東京国立近代美術館で「下村観山展」が開幕した。会期は5月10日まで(前後期で展示替えあり)。担当学芸員は同館主任研究員の中村麗子。本展は関東圏では13年ぶりとなる下村観山(1873〜1930)の大規模回顧展であり、その全貌を改めて問い直す機会となっている。

 観山は紀伊徳川家に代々仕える能楽師の家に生まれた。幼くして絵の才を発揮し、橋本雅邦に師事したのち、東京美術学校(現・東京藝術大学)の第1期生として入学。卒業後は同校で教鞭を執るが、校長を務めていた岡倉天心とともに辞職し、日本美術院の設立に参加する。1903年からの約2年間にわたるイギリス留学・欧州巡遊を経て技術をさらに磨き、横山大観、菱田春草らとともに新しい日本美術の地平を切り拓いた。

 観山の名は日本画に親しい者には知られていても、一般的な知名度という点では大観や春草に比べると決して高くはない。しかしその技術と表現の幅の広さは、本展の150点を超える作品群を前にすると、改めて驚くべきものがある。

 中村は、本展において観山の再評価の機運を高めたいと話す。これまでの観山の評価は、「伝統的な表現に根ざした穏健さ」が特徴とされてきた。しかしその語りの根底にある価値観を問い直し、作品の制作背景に着目することで、「マンネリズムとはほど遠く、伝統を現在に接続させた観山の姿」が浮かび上がってきたという。

ともに観山が東京美術学校時代に制作した課題画《線》(1889-90頃)

編集部