「日本画アヴァンギャルド KYOTO 1948-1970」(京都市京セラ美術館)開幕レポート。いま見つめなおす、日本画を覆そうした戦後の“熱”

京都市京セラ美術館で特別展「日本画アヴァンギャルド KYOTO 1948-1970」が開幕した。戦後、日本画という制度の内部からその前提を揺さぶろうとした画家たちの実践を、「前衛日本画」という視点から再検証する試みだ。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

本展メインビジュアルにも使われた

 京都市京セラ美術館で特別展「日本画アヴァンギャルド KYOTO 1948-1970」が開幕した。会期は5月6日まで。担当は同館学芸員の森光彦(巡回なし、前中後期で展示替えあり)。

 本展は戦後の京都で⽣まれた⽇本画の反⾻的創造運動を「⽇本画アヴァンギャルド」として総称。その批評精神と創造性に着⽬し、現代へと連なる⽇本画のもうひとつの系譜を紐解く意欲的な展覧会だ。

 いまなぜ前衛の日本画なのか? 本展が企画された背景について、森はこう語る。「当館ではリニューアル以降、明治・大正・昭和戦前と近代日本画の流れを段階的に検証してきた。その延長として『いよいよ戦後を扱うべき段階に来た』と判断した」という。とりわけ、これまで十分に光が当てられてこなかった戦後日本画の主流から外れたオルタナティブな動きを検証することは、京都という土地の美術館が担うべきものだ。

 本展で焦点が当てられるのは、1940年代以降に結成された3つの美術団体──創造美術、パンリアル美術協会、ケラ美術協会である。個々の作家ではなく、あえて「団体運動」に着目した理由について森は、「社会や画壇内部の問題に対し、同志を集めて運動として立ち向かった流れ」を可視化したかったと述べる。戦後すぐに始まり、やがて個人表現の高まりへと収斂していくまでの約20年間をひとつの連続した運動として捉えることで、日本画界で起きた新陳代謝を浮かび上がらせようとする試みだ。

 展示は3団体を時系列で配置し、前衛性が高まりを可視化する構成となっている。森が「並べてみて初めてわかった」と語るように、前の世代のアヴァンギャルドをいかに乗り越えるかという意識が表現の戦略性を高め、結果として日本画の「常識」を次々と更新していったことが、視覚的にも明確に示されている。

展示風景より