解体が決まった「船の体育館」
──日本を代表する建築家のひとりである丹下健三が設計した旧香川県立体育館(通称「船の体育館」、1964竣工)が解体されることとなり、2026年4月10日に解体工事が始まりました。なぜこういった貴重なモダニズム建築が壊されてしまうのかを考えていきたいのですが、そもそも「モダニズム建築」とは何を指すのでしょうか。
松隈 1920年代から70年代くらいまでのあいだに世界中で展開された新しい建築の潮流のことを言います。もっとも大きな特徴は、鉄筋コンクリートという当時としては新しい構造体を使う点です。それによって、日常で使われている建築物を機能的で合理的なものに変えていこうというものでした。その始まりに位置するのはル・コルビュジエやバウハウスなどです。日本では少し遅れて、戦後の1950年代に本格的に取り入れられ、70年代にかけて世界的に見ても重要なモダニズム建築がどんどんつくられました。例えばル・コルビュジエに直接学んだ坂倉準三がつくった神奈川県立近代美術館 鎌倉館(現・鎌倉文華館鶴岡ミュージアム、1951竣工)や前川國男が設計した神奈川県立図書館旧本館(1954竣工)、丹下がつくった広島の平和記念資料館(1955竣工)もその一例です。

──そうしたモダニズム建築のひとつである旧香川県立体育館の解体を聞いたとき、どう思われましたか?
松隈 本当に失望しました。香川県にはこれまで様々な歴史的建築を大事に残してきた歴史があります。その象徴が、旧香川県立体育館と同じ丹下建築の香川県庁舎(1958竣工)です。一時は取り壊しの危機に瀕したものの、最終的に本格的な耐震改修をしたうえで、国の重要文化財に指定されました。丹下のもとで技師として手伝っていた山本忠司が設計した瀬戸内海歴史民俗資料館(1973竣工)も国の重要文化財に指定されています。つまり、50年代の香川県庁舎と70年代の瀬戸内海歴史民俗資料館が重文になった。旧香川県立体育館はちょうどそのあいだにつくられたもので、世界遺産登録を目指す国立代々木競技場と同じ1964年完成です。もう二度とつくれない建築であり、次世代に残せば建築文化県のシンボルになったはずですが、そういう選択をしなかった。民間で組織された旧香川県立体育館再生委員会が買い取って新たなかたちで活用するという動きも見られましたが、結局は解体へと進んでしまいました。

──二度とつくれないとのことですが、この船のようになっている形状は当時からしてもかなり難しいことだったのでしょうか。
松隈 いまはコンピューターですべて構造計算できますが、当時は手書きの手回し計算機で行っていました。いま、地元の建築士会の方々がコンピューターを使って記録保存のために実測していますが、もともとの手書きの図面と重ね合わせてもかなり正確です。それだけ職人たちが一生懸命つくった跡が、あそこにはあるのです。
あの形は、敷地が狭いので体育館を浮かしてその足元にロビーをつくった結果です。閉じた体育館ではなく、開かれた戦後の新しいかたちの体育館をつくろうとした。下をガラス張りのロビーにして、上がっていくと宇宙船の中に入ったような感覚がある。この建築空間をうまく使って次の時代に相応しい役割を与えることができれば、戦後の建築の新しい在り方として画期的なものになるはずです。
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