「耳で視る」音響空間はいかにして生まれるのか。evala・畠中実インタビュー【3/4ページ】

「耳で視る」体験を促す視覚表現

──ギャラリーBの展示作品のひとつである《Inter-Scape “slit”》(2024)は、真っ暗な空間に入ると音の環境が変わり、目が慣れてくると1本のスリットが壁面に見えてきます。まさに映像とは異なる視覚体験ですね。

evala 展示室に入ると、めくるめく旅のように音が変わっていくことを感じていただけると思います。いま飛行機に乗ったかなと思ったら、パンっと湖へと切り替わって……というように、世界各地でフィールド・レコーディングした時間も場所も異なる音たちが、立体音響システムのなかで混ざりあって、地球上のどこにも存在しない景色の移り変わりを体験する作品です。極限まで具体的な像を出さないことが大事なので、ブラックライトをベースにした暗い空間をつくりました。ライティングはシーンごとに微細な生成変化をしているのですが、壁にある1本の黒いスリットは変わることはありません。その1本の線から架空の世界の断片をのぞき見るかのような体験を生み出しています。

──シーンの転換として、ストロボのような光の演出が効果的に使われています。

evala あれを僕は「耳の瞬き」と呼んでいて、パンと手を叩いて耳をリセットするような行為をストロボライトで行っています。真っ暗闇が特徴の「See by Your Ears」ですが、今回の展覧会では《Embryo》のように映像にも光にも彫刻にも見えるものや、《Score of Presence》(2019)のように鑑賞する角度によって色彩が変化するペインティングに見えてじつはそれ自体がスピーカーで音を発していたりと、薄闇のなかで幻覚のような視覚をいかに生み出すかということにも注力しました。

evala《Inter-Scape “slit”》(2024)
撮影:冨田了平
写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]
evala《Score of Presence》(2019)
撮影:冨田了平
写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]

──ギャラリーBの一番奥には、《Studies for》(2024)という作品がありますが、空間が真っ白で明るく、ほかの作品とは趣が異なるようです。

evala これは、これまで発表してきた36つの立体音響作品のサウンドデータのみを学習した生成AIによってつくられた作品で、僕はデータ提供以外に一切音の制作をしていないのです。展示空間が、それまでの薄闇の空間とは一転して真っ白で曲線的なのは、僕の死後の世界と、生まれる前の子宮のなか、双方をイメージしているからです。

 「See by Your Ears」の空間音響は、音楽作品のようにアルバムという単位で音源パッケージ化することが困難なので、どのようにアーカイヴするかをひとつの課題として考えてきました。サイトスペシフィックな体験作品ばかりをつくっている僕の悩みは、死んだら作品がほとんど残らないということです。そこから、たとえ作家が不在でも、DNAレベルで作品を継承し生成していくような何かが生み出せないかと、新たに始めたのがこの《Studies for》です。

 僕が父親であのAIが子供だとしたら、父親がつくったものを学習した8つ子が、そこから何かを創出するということをいままさに続けています。まだ胎児のような状態ですが、会期中に成長していくし、会期終了後もこのプロジェクトは続けていくので、その発育が楽しみです。

evala《Studies for》(2024)
撮影:冨田了平
写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]

──ギャラリーBの無響室で《大きな耳をもったキツネ》を体験し、ギャラリーAにある新作インスタレーション《ebb tide》へと移動します。ここには、無響室の壁面に設置されている吸音材の1ピースが拡張されたような巨大な構造物が中央に設置されており、鑑賞者はそこに登りながら、各々が時間をかけて音を体験できるような作品となっています。

evala 小さな無響室での《大きな耳をもったキツネ》が、自分の身体の内部に音が侵入するかような体験であるのに対して、この400平米まるごと使った大きな《ebb tide》では、音が無限のような広がりをみせています。さらにここで面白いのは、前者がフィールド録音で、後者が手の平サイズの音具を音源としていることです。屋外の広大なフィールドを自分の身体内部に閉じ込める体験と、手の平で発する小さな音が無限に広がって充満している響き、このような非日常なスケールを体験できるのは、音の創作ならではだと思います。

 また、視覚や言語で表現した作品を鑑賞したときは、外側から与えられた情報や刺激に対してリアクションするのに対し、《ebb tide》も含めた「See by Your Ears」の作品は、音によって鑑賞者の内側からそれぞれのイマジネーションを引き出していきます。展覧会タイトルになぞらえると、いま見えている「像」としてのヴィジョンが消滅し、人それぞれの異なる「場」が現れてくる感覚です。

畠中 音を体験すると同時に、ウレタンの山に登って行って、そこで寝転がれたりする身体的な体験環境も、聴覚と視覚とのマルチモーダルな体験を生む仕掛けになっていると思います。

evala《ebb tide》(2024)
撮影: 山口雄太郎

編集部

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