空間に音で絵を描くように
──evalaさんは以前CDなどの音源を制作していましたが、2010年に発表した『acoustic bend』というアルバムを最後に、インスタレーション作品や舞台音楽などの表現へと完全にシフトされました。その経緯からお聞かせください。
evala いわゆる音楽家としてのルーティンというのは、作曲をして、レコーディングをして、できあがった音源をパッケージングして発売し、それをもってコンサートを行うのが一般的です。僕自身もそうだったのですが、それと並行して美術館でサウンド・プログラミングなども手がけるようになると、CDのようにパッケージ化することを目的としないため、空間の色々なところに音を配置するといったことが試せることに気がつきました。
そのいっぽうで『acoustic bend』というアルバムは、世界中を旅してフィールドレコーディングを行い、各地の音の記憶を集めることで何かをつくろうと制作を始めたのですが、LとRのスピーカーふたつだけを想定してつくるのは窮屈すぎると感じていました。コンピュータで加工してCDを完成させましたが、もうこの形式でのパッケージ化は十分だなと。空間のなかでもっと自由に、空間に音で絵を描くように表現していきたいと考え、作品を発表する主戦場が美術館や劇場になっていきました。

──現在ICCでは個展「evala 現われる場 消滅する像」を開催中ですが、2013年にはICCの無響室で《大きな耳をもったキツネ》という作品を発表されており、今展でも展示されています。フィールドレコーディングした音を素材に、暗い無響室での音響体験を提供するこの作品はどのように生まれたのでしょうか。
evala それまでCDをつくるときには、再生環境を問わずに不特定多数の方にいかに届けるかを考えて編集を行っていました。あらゆる環境に届けるには、楽譜のように音の高さ/長さ/強さから構成するポップスなど商業音楽が非常に適しています。コンビニやスマートフォンから流れてもその楽曲のコアは失われない。しかし僕のように響きや音色にフォーカスした音楽は、なかなかそうはいかないんですね。ならば、それとはかけ離れて、視界情報も完全に遮断された環境で、たったひとりのためだけの、極上の音の体験をしてもらいたいと考えたことが始まりです。現実空間とは異なり音の反響がほぼない無響室は、音響創作を行う僕にとっては、いわば真っ白なキャンバス。そこに立体音響システムを持ち込んで、現実とはまったく異なるヴァーチャルな、未知なる音響空間をつくることができるのではないかと考えたんです。
そこで発表したのが《大きな耳をもったキツネ》という作品で、僕の故郷である京丹後の自然のなかでフィールドレコーディングした音や、世界的なサウンド・アーティストで、たまたま僕が小学校時代に遊んでもらっていたこともある鈴木昭男さんの演奏を録音して仮想の音響空間を構成したものです。映像に例えるならば、カメラ1台でドキュメンタリー素材を集めるように、マイク片手に故郷でフィールドレコーディングを実施し、そこで集めた膨大な音を素材としているのですが、それらの聞き覚えのある音が現実にはありえない配置や響きをもって空間ごと変容していくという、新しい体験型フィクションを制作しました。
畠中実(以下、畠中) これはevalaさんによる新たな聴覚体験を創出するプロジェクト「See by Your Ears」の原点に位置付けられている作品で、空間にマルチチャンネルのスピーカーを配置し、そこで音像をつくっていく「空間的作曲」という独自の手法で制作されています。その手法をもっとも効果的かつ精緻に実現できる場所が、このICCの無響室です。部屋全体に敷き詰められた素材によって音の反響が吸収されるといった特殊な状況が生じ、空間の音響的特徴がない部屋になります。この作品において音が立体的に聞こえ、音が自分の周りに「ある」ことがはっきりわかるという感覚は、無響室の性質を最大限に活かして実現されたものなのです。

撮影: 木奥恵三
写真提供: NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]
