ポーランド映画の巨星、アンジェイ・ワイダ。国立映画アーカイブ主任研究員が語るその軌跡と日本とのつながり【2/4ページ】

アンジェイ・ワイダ監督の映画への軌跡

──それでは監督について伺います。1926年にポーランドで生まれたアンジェイ・ワイダ監督の名が世界的に知られるきっかけとなったのは、「抵抗三部作」と評される『世代』(1954)、『地下水道』(1957)、『灰とダイヤモンド』(1958)の3本です。どのように注目されたのか、ご説明いただけますでしょうか。

 この三部作は、ナチス・ドイツの占領下で起こったワルシャワ蜂起や、戦後の共産化した社会における反ソビエト運動化したレジスタンスを描いた作品です。つくられた時期を考えると、戦後せいぜい10年ほどしか経っていなかった。当然自分たちの仲間もドイツ軍に殺されているなど、親しい人をたくさん失ってしまった非常に生々しい記憶が残った状況です。そうした現実のことを題材に、ドラマとして映画化する強い創造力を発揮したことが大きかったのではないかと思います。

岡田秀則

──例えば『灰とダイヤモンド』では、バーで複数のグラスに入ったウォッカに炎を灯し、殺された仲間の名前を呼びながらひとつずつの炎を消していく美しい場面があるように、社会的なメッセージやドラマ性と同じく、視覚表現としての美しさも際立つ場面が多く描かれています。

 ワイダは若い頃、美術学校に通っていました。戦後すぐまではクラクフで美術の勉強をしていて、それからウッチの映画学校に入りました。大量のスケッチや絵コンテを残しており、今回の回顧展でも展示していますが、非常にセンスがあって質が高い。展示には「日本」という章があって、来日したときに手がけた写生なども展示していますが、画面の感覚は非常に鋭敏だと感じます。いまおっしゃった『灰とダイヤモンド』の失った仲間を呼び起こすシーンも、非常に奥行きのある構図が特徴的な美しいシーンですよね。

 クラクフ展のキュラトリアル・チームのリーダーであるラファウ・シスカさんの講演で知ったのですが、原作の小説『灰とダイヤモンド』は、ポーランドの小説家イェジ・アンジェイェフスキによって1948年に発表され、映画化まで10年かかっています。原作はかなり社会主義リアリズムに寄った作品で、一時はその路線のままで映画化する計画もあったそうですが、10年を経てワイダなりの新たなドラマを構築して、この名作が生まれたのです。

展示風景より、左は映画『灰とダイヤモンド』(1958)の一部

──終戦から間もない1948年とその10年後とでは、戦争の受け止め方も表現の仕方も変化したことが想像できます。 

 まさにポーランドでは、1950年代後半にかけて文化的に大きな盛り上がりがありました。若い世代によって、映画、デザイン、ジャズが文化を牽引しました。ポスターの優れたグラフィック・アーティストが多く登場したのですが、それも「ポーランド派」と呼ばれています。社会主義の統一労働者党──いわゆる共産党です──の体制から少し距離を置いて、文化的な動きを見せていたのがグラフィックデザインと映画でした。そして、戦後世代の人たちはジャズが大好きだった。1960年にワイダが発表した『夜の終りに』では、クシシュトフ・コメダなどジャズ・ミュージシャンの新しい音が炸裂していて、コメダ本人が出演もしています。

ポスターの展示

──戦争が終わり、ナチス・ドイツの支配下を脱したものの、ポーランドはソビエト傘下の東側陣営に組み込まれ、統一労働者党の一党独裁国家となります。自由な表現に対する規制は強かったと思うのですが、ワイダ監督は権力とどのように向き合ったのでしょうか。 

 ワイダは絶えず検閲と向かい合わねばなりませんでした。ポーランドに調査で伺った際には、1980年代の検閲官が残した文書を見せてもらう機会がありました。今回展示はしていませんが、ポーランド語で書かれた文書で、訳してもらうと色々と注文がつけられているわけです。すでに世界的に知られる巨匠となっていた時代ですが、それでも丁々発止のやりとりがあった。共産主義のイデオロギーが徐々に立ち行かなくなっていた1980年代だったとしても、そしてやはり大監督となったとしても、つねに緊張感をはらんでいたようです。

──1977年に発表された作品『大理石の男』も、ポーランドで大ヒットしながらも、当局によって2年間の海外上映禁止処分を受けたようですね。 

 そうですね。1950年代に労働者の英雄として大理石像にもなった男を描いた作品で、国家と個人の関係を鋭く問う作品なのですが、この作品でもやはり、社会的にメッセージをはらみながらも、ドラマに構築していく強い力を感じさせます。その英雄に興味をもった映画学校の女子学生の目を通して、実像を解き明かしていくという構成になっていて、その後日談として発表された『鉄の男』においても、やはりドラマとしての創造性を発揮している。たんに主人公となる人物を追いかけていくのではなく、それを映画に撮ろうとする女性を置くなど、複層的に物語を構築する構想力があるわけです。そしてさらに、その『鉄の男』に関しては、ポーランドの民主化運動へとつながるグダニスク造船所のストライキを描いていて、「連帯」という民主化運動の関係者も出演させるなどその運動に寄り添うようにして制作を行いました。

編集部

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