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下瀬美術館、坂茂が設計した水盤に浮かぶ唯一無二のミュージアム

2023年3月に開館した、坂茂建築の下瀬美術館をご存知だろうか。水盤に浮かぶ可動展示室という、これまでにない構造を持つユニークな美術館を訪ねた。

文・撮影(クレジットがあるもの以外)=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

夜の下瀬美術館

水に浮かぶ「可動展示室」

 世界遺産・厳島神社がある宮島。海を挟んでこの島を眺める広島県大竹市に、開館から1周年を迎えた下瀬美術館がある。

 下瀬美術館は、広島市に本社を置く建築資材の総合メーカー 丸井産業株式会社の代表取締役・下瀬ゆみ子と、その両親が半世紀以上をかけ形成してきたコレクション約500点をコアとする私設美術館だ。「アートの中でアートを観る。」をコンセプトに掲げており、建築はすべて世界的建築家である坂茂が設計した。

下瀬美術館外観 ©︎SIMOSE

 鏡面と曲線的な外観が美しいこの美術館は、海岸線と平行に並び建つエントランス棟、企画展示棟、管理棟が渡り廊下でつながれており、全長190メートル、高さ8.5メートルの「ミラーガラス・スクリーン」がこれらを一体化させている。

 ショップやカフェがあるエントランスはこの美術館の象徴的なスペースと言える。内部で存在感を放つのは、36本の木材を1本にまとめた巨大な2つの柱。柱は大樹のように放射状に大きく広がっており、空間をより広大なものに感じさせる。

下瀬美術館のエントランス
下瀬美術館のエントランス
夜にはエントランスの内部がくっきりと浮かび上がる

 エントランス以上に大きなインパクトを与えるのが展示室。水盤に並ぶキューブ型のカラフルな「可動展示室」だ。

 まるでライトボックスのような8つの展示室は、すべて10×10メートルで統一。海に浮かぶ島々からインスピレーションを得てデザインされたものだという(外観とは異なり、内部は完全なホワイトキューブになっている)。これらの展示室は、その名の通り水の浮力によって動かすことが可能となっており、7種類の配置パターンに変更可能。配置を変えることで、リピーターにもフレッシュな体験を与える狙いがあるという。観光地とは言えない立地にある美術館だからこその工夫だ。

可動展示室 ©︎SIMOSE
夜の可動展示室はライトボックスのように光る

そこはまるで坂茂の「建築美術館」

 下瀬美術館は美術を見るだけではなく、宿泊も可能となっている。それが、「森のヴィラ」と「海のヴィラ」の2エリアに点在する10棟のヴィラだ。

 美術館に向かって右側に広がる森のヴィラエリア。ここある「ダブルルーフの家」「壁のない家」「紙の家」「家具の家」は、すべて坂がかつて手がけた別荘建築をリメイクしたもの。このように、ひとりの建築家のリメイク作品がずらりと並ぶのは非常に珍しく、まるで坂茂の建築美術館のようだ。

 このほか、森のヴィラの「十字壁の家」や、水辺のヴィラエリアにあるヴィラはすべて新作。美術ファンのみならず、建築ファンにも強くおすすめしたい美術館となっている。

ダブルルーフの家 ©︎SIMOSE
壁のない家 ©︎SIMOSE
紙の家 ©︎SIMOSE
十字壁の家 ©︎SIMOSE
水辺のヴィラ ©︎SIMOSE
美術館にはフレンチが楽しめるレストランも併設。まさにアート・オーベルジュだ ©︎SIMOSE

開館1周年を飾る加山又造展

 下瀬美術館のコレクションは、子供の成長と平和な世の中を祈って集められてきた京都・大木平藏の雛人形や雛道具、御所人形から始まり、その後、日本近代や西洋の絵画、工芸へと広がっていった。

 開館1周年を迎えた同館では、昭和から平成の時代に活躍した日本画家・加山又造(1927〜2004)の多様な造形の軌跡を追う企画展「開館一周年記念 加山又造 ―革新をもとめて」が6月30日まで開催されている。

展示風景より、手前から《おぼろ》を原画とした陶板と《華扇屏風》(山種美術館所蔵)を原画とした陶板 ©︎SIMOSE

 第二次大戦後、「日本画滅亡論」が唱えられるほど厳しい状況に置かれていた日本画壇。こうしたなかで加山又造は「世界性に立脚する日本絵画の創造を期す」とした創造美術展に出展し、そのキャリアをスタートさせた。

 ラスコーの洞窟壁画から、ブリューゲル、ルソー、ピカソに至るまで、幅広い時代の西洋絵画に触発され、その手法を自身の日本画のなかに現代的な感覚で取り入れた加山。その活躍は日本画にとどまることなく、版画の制作や工芸家との共同制作にも積極的に取り組み、多彩な作品を次々と生み出したことで知られる。

 本展は企画展示室と8つの可動展示室をすべて使用した構成で、「動物・自然」「水墨画」「工芸」の3章を中心に、加山の作品20点あまりと関連のある日本画・洋画・工芸が並ぶ。

 加山が動物画を描き始めた初期の作品《若い白い馬》(1950頃)をはじめ、60年代から描き人気を博した猫の作品、1970年代後半から加山が精力的に取り組み始めた水墨画、そして工芸作家たちとの協業など、加山のキャリアを幅広くカバーするものとなっている。

 なお、本展では下瀬美術館にとっても初めての試みとして、水盤の上に2つの作品を展示。これは加山又造の《おぼろ》を原画とする陶版作品となっている。下瀬美術館ならではの展示と言えるだろう。

展示風景より、加山又造《若い白い馬》(1950頃)と《迷える鹿》(1954)  ©︎SIMOSE
展示風景より加山又造《猫》(1960) ©︎SIMOSE
展示風景より、左から加山又造《倣北宋寒林雪山》(1992)、《北宋水墨山水》(1988)
展示風景より、加山又造《黄山雲海》(1995)
展示風景より、加山又造《蒼い日輪》(1959)
展示風景より
展示風景より、《おぼろ》を原画とした陶板 ©︎SIMOSE

編集部

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