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文化と経営はいかに両立できるのか。国立新美術館新館長・菅谷富夫が語る、「アートセンター」の未来

2026年4月、国立新美術館の新館長に就任した菅谷富夫。大阪中之島美術館を立ち上げ、初代館長であった菅谷は、このたびの就任にあたり「国立新美術館は“ミュージアム”ではなく“アートセンター”だ」と語る。コレクションを持たない館の役割とは何か。ブロックバスター展、公募展、文化と経営の両立、そして開館20周年を前にした“総点検”──変化の時代における美術館のあり方を聞いた。※5月4日24時まで、すべての方に全文お読みいただけます。

聞き手・構成=橋爪勇介(編集部)

菅谷富夫、国立新美術館にて撮影 撮影:橋爪勇介(編集部)

新美は “ミュージアム”ではなく“アートセンター”

──まずは、国立新美術館の館長就任の打診を受けた際は、どのように感じられましたか。

菅谷 大阪中之島美術館が開館して数年が経っており、自分自身も年齢を重ねてきたのでそのまま中之島にいるという選択肢ももちろんありました。ただ、お声がけをいただいて、「もうひと仕事できるかもしれない」と思ったのです。

 中之島への思いは強いですし、「中之島一筋三十何年」という言い方もされてきました。でも、「もうひとつくらいやったらどうだ」と言ってくださる方もいて、それもいい機会かもしれないと思った。国立だからというより、これまでとは異なる環境で、もう一度新しい仕事をしてみたいという気持ちが湧いてきたのです。それに、中之島はいま非常にいい状態にあります。そうした状況で次の世代にバトンタッチしなければいけないという思いもありました。大阪・関西万博も終わりましたし、ひとつの節目でもありました。

──国立新美術館をどのような美術館だと見ていましたか。

菅谷 いつも大きな展覧会をやっていて、人がたくさん集まる、非常に印象的な美術館として見ていました。建築的にも強いインパクトがある。じつは大阪中之島美術館の設計コンペの際にも、国立新美術館のような大きな吹き抜け空間を持つ案がいくつか出ていました。「あまりにも国立新美術館に似すぎているのではないか」と感じたほどです。それだけ、この建築が提示した「新しい美術館像」は大きかったのだと思います。大きな吹き抜けがあり、複数の展示空間が層状に展開していく構造は、ある種の時代性を象徴していた。

 大阪中之島美術館も、意識的にここを参照したわけではありませんが、時代の特徴として同じようなことを考えていたのだと思います。2000年前後というのは、「人が自由に行き来できる開かれた美術館」が求められる時代であり、そのイメージをいち早くかたちにしたのが国立新美術館だったのではないでしょうか。

国立新美術館は建築家・黒川紀章の代表作としても知られる 撮影:編集部

──ハード面では共通点がありますが、ソフト面ではかなり異なります。国立新美術館はコレクションを持たない館ですね。

菅谷 よくそうと言われますが、私はそこを少し違う角度から見ています。国立新美術館の英語名は「The National Art Center, Tokyo」であり、「Museum」 ではない。そう考えると、コレクションを持たないことも不自然ではない。そもそも担っている役割が違っており、従来のミュージアムとは異なるあり方を持った場所なのだと思います。

編集部