新美は “ミュージアム”ではなく“アートセンター”
──まずは、国立新美術館の館長就任の打診を受けた際は、どのように感じられましたか。
菅谷 大阪中之島美術館が開館して数年が経っており、自分自身も年齢を重ねてきたのでそのまま中之島にいるという選択肢ももちろんありました。ただ、お声がけをいただいて、「もうひと仕事できるかもしれない」と思ったのです。
中之島への思いは強いですし、「中之島一筋三十何年」という言い方もされてきました。でも、「もうひとつくらいやったらどうだ」と言ってくださる方もいて、それもいい機会かもしれないと思った。国立だからというより、これまでとは異なる環境で、もう一度新しい仕事をしてみたいという気持ちが湧いてきたのです。それに、中之島はいま非常にいい状態にあります。そうした状況で次の世代にバトンタッチしなければいけないという思いもありました。大阪・関西万博も終わりましたし、ひとつの節目でもありました。
──国立新美術館をどのような美術館だと見ていましたか。





















