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[弘前の前川建築を訪ねて(後編)]「ゆりかごから墓場まで」。弘前の街に息づく前川國男の建築、8つを巡る

日本近代建築の巨匠のひとり、前川國男。ル・コルビュジエに師事し、日本の近代建築を牽引した前川の足跡は、青森県弘前市に8件の建築群として現存している。全国的にも近代建築の維持が課題となるなか、なぜこれほど多くの作品が「現役」の公共施設として稼働し続けているのか。前編では行政や市民による保存・運用の仕組みに紐解いた。続く本稿では、それら8つの建造物を実際に巡り、各作品の建築的な特徴を紹介する。 ※5月6日24時まで、すべての方に全文お読みいただけます。

文・撮影(*を除く)=大橋ひな子(編集部)

弘前市民会館、管理棟の内観

前川國男と弘前

 弘前には、日本近代建築を代表する建築家のひとり、前川國男(1905〜86)のデビュー作「木村産業研究所」を含む8つの前川建築が現存している。前編で触れた通り、前川の母方の実家が弘前藩士の家系であったという血縁上の縁や、渡仏中の木村隆三との出会いが、この地で長きにわたる設計を手がける契機となった。

 50年余りにわたって断続的に建てられたこれら8作品の多くは徒歩圏内に位置しており、ひとつの都市のなかでその意匠の変遷を辿ることが可能だ。本稿では、市民に「ゆりかごから墓場まで」と親しまれてきた各施設を、竣工年順に概観していく。

デビュー作品から1960年代の前川建築

木村産業研究所(1932年)

木村産業研究所の外観 写真提供(*):一般財団法人 木村産業研究所

 木村産業研究所は、フランス留学からの帰国後に、前川が手がけた最初の仕事である。2年間のパリ留学の帰途の船上で、母方の父母と同郷の木村隆三の依頼により設計された。本施設は、木村隆三が、祖父・木村静幽の遺志にもとづき地場産業発展のための研究所として建てられたものであった。現在は、津軽の手仕事を紹介する「弘前こぎん研究所」として使われている。

 本施設には、コルビュジエが提唱したモダニズムの理念の要素がふんだんに盛り込まれている。竣工当時、武家屋敷が連なっていた在府町の街並みに、突如現れた白い建物はとても印象的であったに違いない。1935年にここを訪れたドイツの建築家ブルーノ・タウトは、著書『日本美の再発見』で、本施設を「コルビュジエ風の新しい白亜の建物」と記している。

 モダニズム建築の5原則を構成する「ピロティ」や「水平連続窓」を見つけられるだけでなく、鮮やかな赤色が用いられた玄関の吹き抜けの天井や、緩やかなカーブを描く貴賓室のサッシと丸い柱、クリスタルが用いられた1階トイレのドアノブなど、モダニズム建築を学んだばかりの前川のフレッシュなこだわりが随所に感じられる。改修時に屋根を取り付けた部分も、もとはフラットな構造であり、モダニズム建築を特徴づける「屋上庭園」となっていた。

 2003年には「DOCOMOMO 100選」に選出。凍害により取り壊されたバルコニーが2013年に復元したこともあり、2021年には前川建築として初の国重要文化財に指定された。前川建築を知るうえで、その創作のエッセンスが凝縮された重要な作品だと言える。

玄関の吹き抜けの天井。赤色が印象的 写真提供(*):一般財団法人 木村産業研究所
緩やかなカーブを描く貴賓室 写真提供(*):一般財団法人 木村産業研究所
クリスタルが用いられたトイレのドアノブ 

 住所:青森県弘前市在府町61
開館時間:10:00〜16:00
休館日:土日
電話番号:0172-32-0595(弘前こぎん研究所)
入館料:無料
見学申込:弘前こぎん研究所へ事前に電話で申込み

弘前中央高等学校講堂(1954年)

弘前中央高等学校講堂の外観 写真提供(*):弘前市都市計画課

 弘前中央高等学校講堂は、木村産業研究所の木村隆三の兄、木村新がPTA会長をしていたことがきっかけとなり、弘前中央高等学校の創立50周年記念事業として設計された。前川が弘前で手がけた2つ目の仕事である。

 全面がスチールサッシ、ガラス張りとなっており、中のホワイエを見通すことができる。ホワイエの天井面には、2階座席の階段状の構造がそのまま剥き出しになっており、フレンチブルーに塗られた鋼板の外壁や軒裏の赤色など、鮮やかな色彩もポイントのひとつ。また2004〜06年まで、丸2年をかけて計26回にわたり「前川國男の建物を大切にする会」と弘前工業高等学校の教員・生徒の手により修繕された806席の椅子も本施設の重要な要素のひとつだ。

 2014年に弘前市景観重要建造物に指定され、同年、「DOCOMOMO 184選」に選定された。

弘前中央高等学校講堂の外観。一面ガラス張りとなっている 写真提供(*):弘前市都市計画課
ホワイエ。天井面には2階座席の階段状構造が剥き出しになっている 写真提供(*):弘前市都市計画課
弘前中央高等学校講堂の内観 写真提供(*):弘前市都市計画課

住所:青森県弘前市蔵主町7-1
電話番号:0172-35-5000(弘前中央高等学校)
見学申込:見学不可

弘前市庁舎(本館:1958年、新館:1974年)

弘前市庁舎の外観

 弘前市庁舎も前川建築のひとつ。当時の市長・藤森睿(ふじもりさとる)による「城下町に合う庁舎を」という要望を受けて設計された。鉄筋コンクリート打ち放しの柱に、レンガブロックが積まれた外壁が印象的で、2階と4階の屋根が大きく張り出した力強い建物となっている。高さは低めに設計されており、城下町の風情を壊さないよう、街との調和が意識されている。

 本館の階段壁面には、前川の好んだ赤い色が塗られている。3階ロビーは光が差し込む吹き抜けの開放的な空間となっており、さくらまつり期間中には市庁舎の本館屋上から、弘前公園と岩木山が一望できる。

 1974年には、前川建築の特徴のひとつである打ち込みタイルの新館が建てられ、2016年に新庁舎が完成。本館と新館の改修工事が17年9月に完了した(現在これら2館は「前川本館」「前川新館」と名付けられている)。14年に弘前市景観重要建造物指定され、15年に本館が国の登録有形文化財に登録された。

3階のロビー。吹き抜けの空間
前川本館の階段。壁面に赤色が残されている

住所:青森県弘前市上白銀町1-1
電話番号:0172-35-1111
見学申込:外観のみ見学自由

弘前市民会館(1964年)

弘前市民会館、管理棟の内観

 弘前市民会館は、市民が舞台芸術を鑑賞する場、文化祭をはじめとする市民主体の文化活動の場、研修・会議などを行う場として、史跡弘前城(弘前公園)の一角に建てられた。本施設には大ホールと管理棟があり、その2つをポーチがつないでいる。ポーチの上は解放されたテラスとなっており、晴れた日にはここで休憩することも可能。

 型枠の木肌がそのまま表現されたコンクリート打ち放しの建築が特徴的だが、ところどころに見つけられる鮮やかな赤、青、緑のポイントカラーが印象的(青色は「成層圏ブルー」と呼ばれている)。楽屋入り口の赤いドアや管理棟ロビーの星空をイメージした照明、2階ホワイエにある銅管を用いたシャンデリアなど、ワクワクするようなこだわりが随所に見られる。また弘前市出身の洋画家・佐野ぬいが手がけたステンドグラスも空間と呼応している。

 また、なんといっても約1300名を収容できる大ホールも見どころのひとつ。前川の傑作とされる「神奈川県立図書館・音楽堂」にも引けを取らない音響を誇ると言われており、緞帳(どんちょう)には青森市出身の版画家・棟方志功の原画が描かれている。ホール1階の奥にあるおにぎり型の天井ライトにも注目してほしい。

 開館から50年を迎える2012〜13年に、大規模改修工事が行われ、14年1月にリニューアルオープンした。

弘前市民会館の外観。楽屋入り口の赤色の扉が印象的
大ホール1階。おにぎり型の天井ライト
大ホール2階。銅管を用いたシャンデリア
大ホールの内観。版画家・棟方志功の原画が描かれた緞帳 写真提供(*):弘前市民会館

住所:青森県弘前市上白銀町1-6
開館時間:9:00〜17:00
休館日:第3月(祝日場合は翌日休館)
電話番号:0172-32-3374
見学申込:弘前市民会館へ事前に電話で申込

70年代〜最晩年の前川建築

旧弘前市立病院(1971年)

旧弘前市立病院の外観 

 旧弘前市立病院は、市民の総合病院とともに健康センターとしての機能も持たせた医療施設としてつくられた。1969年に全焼した旧弘前市立津軽病院の早急な復興を求め、建設が依頼されたものだ。外壁はコンクリート打ち放し。竣工当時は、1階玄関横のアプローチに大きく張り出した庇(ひさし)が車寄せの機能を持ち、この建物の特徴となっていた(増築した際、その庇は取り壊された)。いままで建築した建物の凍害を教訓にしており、窓を壁面よりも奥に配置することで、上部に庇を設けず積雪対策ができるよう工夫されている。

 1階の開放的な吹き抜けの大ホールは、演奏会やダンスパーティーが開催されることを想定してつくられたが、度重なる改修により原型をとどめていないという。現在病院は閉院しており、「健康・医療・福祉」の機能を中心に、多様な世代の交流や市民が集い学べる場としての「健康づくりのまちなか拠点」となるべく改修が行われている。

 今回の改修では、吹き抜け空間の天井を、竣工当時の青い天井に復元するほか、メインエントランスに大庇を復元するなど、前川建築として象徴的であった意匠を甦らせる予定だという。2027年度頃の完成を目指している。

旧弘前市立病院の内観

住所:青森県弘前市大町3-8-1
見学申込:改修中のため不可

弘前市立博物館(1976年)

弘前市立博物館の外観

 弘前市立博物館も、市民会館同様、弘前公園内に建てられている。外壁は深みのある赤茶色の打ち込みタイルで、弘前では初めてこの工法が使われた事例となっている。隣接する弘前市民会館の打ち放しコンクリートの外壁と対照的な印象だ。文化庁の指導により、公園内の木を1本も切らずに建築された。

 中央のロビーには、天井まである大きなガラス窓が設置され、室内からは公園の様子が見えるようになっている。自然光が差す空間が心地よい。ロビー壁面は、コンクリートの表面をハンマーなどで叩いてわざと削る「はつり仕上げ」という工法が採用されている。開館当初から設置されている朱色の革製のソファーにも注目したい。

 展示室の角にはシャッターが設けられており、開けると会場に自然光が差す仕組みになっている。しかし紫外線による作品への影響などから、現在は開かずのシャッターとなっている。とはいえ、シャッターは印象的な赤色となっており、こんなところにも前川建築のエッセンスを発見することができる。

 1996年に第6回BELCA賞ロングライフ部門を弘前市民会館とともに受賞。2014年に弘前市景観重要建造物に指定されている。

ロビー。竣工当時から設置されている朱色の革製のソファ
はつり仕上げのロビー壁面
展示室内のシャッター。赤色なところがポイント

住所:青森県弘前市下白銀町1-6
電話番号:0172-35-0700
見学申込:外観は見学自由(館内は有料)

弘前市緑の相談所(1980年)

緑の相談所の外観。正面から見ると屋根に勾配がある

 弘前市緑の相談所は、地域の緑化に関わる相談・指導・展示などを行う施設。弘前公園の東側、中央高校口近くに位置している。外観は公園の木々の高さに合わせ低めになっており、周囲の自然に溶け込むように建てられている。

 前川建築では珍しい銅板の片流れの大屋根がポイント。ただ正面から見ると勾配がある屋根だが、後ろから見ると四角い建物に見える。建物の前と後ろで、まったく印象が違う点が興味深い。ぜひ見比べてみてほしい。

 日本一幹の太いソメイヨシノを切らずに建てるべく、建物はL字型になっている。ほかの周囲の木も一本も切られていない。2014年に弘前市景観重要建造物に指定されている。

外観。裏から見ると四角い建物に見える
内観。連続窓からは公園の緑が見える

住所:青森県弘前市下白銀町1-1
電話番号:0172-33-8737
入館料:無料
見学申込:見学自由

弘前市斎場(1983年)

弘前市斎場、炉室

 前川國男の最晩年の作品が、弘前市斎場だ。後方に岩木山が望める場所に位置しており、重厚でありながら周りの景観にとけ込む外観となっている。玄関車寄せの天井に設けられた大きなコンクリート格子梁が目を引く。建物の外壁は打ち込みタイルが採用されている。

 故人が茶毘(だび)に付される間に遺族が待つ待合室は、炉室と渡り廊下で繋がっている。この渡り廊下は、黄泉の国と俗世を結ぶ、古事記由来の黄泉比良坂(よもつひらさか)をイメージしているという。炉前ホールの壁は、岩木山噴火の溶岩硫をイメージしてつくられたコンクリートのはつり仕上げで、吹き抜けの勾配天井には、魂を山に返すようにと、岩木山の方に向いた小窓が設けられている。

 斎場の竣工式に、前川は自身の妻を伴って出席。それが前川の最後の来弘となった。2010年にJIA25年賞大賞受賞、2014年に弘前市景観重要建造物に指定されている。

玄関車寄せ。天井はコンクリートでできた格子梁
吹き抜け空間の天井には小窓が設けられている
待合室はと炉室をつなぐ渡り廊下

住所:青森県弘前市常盤坂2-20-1
電話番号:0172-32-0643
入館料:無料
見学申込:事前に要申込(見学する場合は16:15〜17:00)

 弘前という土地に所縁のあった前川が手がけた数々の建築物。どれも前川市民にとって馴染み深い存在となっており、現在でも使われながら残っている点が特徴的である。8つの建築物は、前川の最初の作品から最晩年作までと、その制作年も異なるため、時代ごとに前川建築の展開を追うことができる。またその展開のなかに、やはり変わらず残る前川國男イズムを見出せる点も、小さなエリア内で各建築を比較しながら見られる醍醐味だと言えるだろう。各施設はほとんどが歩いて回れる距離にあるため、ぜひ自らの足で歩いて回りながら、弘前という街と前川建築の呼応に思いを馳せてみてほしい。