
古代窯から愛知の発展を辿る。鈴木俊晴が見た、「知られざる古代の名陶 猿投窯」展
5〜6世紀の古墳時代、渡来人から日本へ伝わった新しい焼き物「須恵器(すえき)」を発端にした、愛知の「猿投窯(さなげよう)」。名古屋市の東方に広がる丘陵地帯に残る無数の窯の遺跡を指す、この猿投窯を取り上げた展覧会が、愛知県陶磁美術館で開催中だ。一見アカデミックな展覧会の歴史的位置付けについて、豊田市美術館学芸員の鈴木俊晴が新たな視点から論じる。

5〜6世紀の古墳時代、渡来人から日本へ伝わった新しい焼き物「須恵器(すえき)」を発端にした、愛知の「猿投窯(さなげよう)」。名古屋市の東方に広がる丘陵地帯に残る無数の窯の遺跡を指す、この猿投窯を取り上げた展覧会が、愛知県陶磁美術館で開催中だ。一見アカデミックな展覧会の歴史的位置付けについて、豊田市美術館学芸員の鈴木俊晴が新たな視点から論じる。

映像作品を手がける若手アーティスト・海野林太郎の個展がEUKARYOTE(東京)で開催された。TVゲームから着想した映像作品で空間全体を構成した本展。ユニークな手法とそこで喚起される体験について、大阪新美術館建設準備室学芸員の大下裕司がレビューする。

美術は気象現象をどのように表現してきたのか、そしてどのような表現が可能であるか。そのような問いをたてた展覧会「ウェザーリポート―風景からアースワーク、そしてネオ・コスモグラフィア」展が栃木県立美術館で8月26日まで開催中だ。本展を、インディペンデント・キュレーターの長谷川新がレビューする。

数千機による折り紙飛行機が編隊飛行するインスタレーションや、機体構造を裏返しした立体作品など、戦闘機をモチーフにした作品を制作する青秀祐(あお・しゅうすけ)。その7年ぶりとなる個展が東京・新宿のeitoeikoで開催された。ぬいぐるみの兵器などが展示された本展を通し、青の制作スタイルをキャラ・画像・インターネット研究のgnckが考察する。

一見、17世紀西洋の写実絵画のように見える小瀬村真美の作品群。堅調なインターバル撮影によって展開されるその動画制作は、見る者にいかなる視覚体験をもたらすのか。現在開催中の個展「小瀬村真美:幻画〜像(イメージ)の表皮」を、視覚文化評論家の塚田優がレビューする。

武蔵野市立吉祥寺美術館による「記録と記憶のありか / ありかた」をテーマとした企画展のシリーズの第3弾「江上茂雄:風景日記 diary/dialogue with landscapes」。本展は専門教育を受けず、生まれ育った九州を出ずに毎日作品を制作した画家・江上茂雄の東京では初となる個展だ。本展と江上の画業に、ペインターでグラフィックデザイナーの佐藤直樹が迫る。

美術家・白川昌生が2000年代に提唱した「メルド彫刻」。DIY的な素材、方法で制作された作品のことを指す「メルド彫刻」の、さらにその先の表現を提示する場として、白川が選出した作家たちによる展覧会が東京・新宿のMaki Fine Artsで開催されている。本展を美術批評家の菅原伸也がレビューする。

京都・比叡山から流れ落ち、修学院離宮の脇を流れる音羽川。その東側に位置する砂防ダム周辺を会場として、荒木優光、加納俊輔の2作家による、写真と音、ライブやパフォーマンスを組み合わせた3日間の展示が6月に行われた。この野外展示で2人が試みたものとは? 飯岡陸が読み解く。

抽象的な彫刻作品を既製品と組み合わせたインスタレーション作品で知られるニューヨークのアーティスト、レイチェル・ハリソン。その日本初個展が東京・表参道のラットホールギャラリーで開かれている。木材を使った立体と写真作品を組み合わせた展示を、美術評論家の大森俊克がレビューする。

「生け花」と「書」において、「生花」では中川幸夫、「書」では井上有一という先駆者たちがいまもなお強い影響力を誇っている。そんなふたつの分野で新たな表現方法を提示した展覧会を、美術評論家の清水穣がレビューする。

ともに色鉛筆での作品を手がけてきた吉村芳生・大星の父子。その作風は写真のような細密描写が特徴だ。広島県・ウッドワン美術館で開催された二人展を椹木野衣がレビューする。

東京国立近代美術館の蔵屋美香が通年を通してキュレーターを務める「絵と、」シリーズ。「絵と」現実を、絵画ならではの方法で切り結ぶ作家たちをラインナップした本シリーズの第2弾である「絵と、 vol.2 藤城嘘」展が、東京・東神田のgallery αMで開催されている。藤城の大作が並ぶ本展を、キャラ・画像・インターネット研究のgnckがレビューする。

印象派を代表する画家、クロード・モネ。モネが《睡蓮》大装飾画の制作に着手してから約100年が経過した現在、モネとモネ以降の作品に焦点を当てた展覧会「モネ それからの100年」展が名古屋市美術館にて開催され、横浜美術館へと巡回している。本展について、過去に「ルノワール展」(国立新美術館、2016)などを担当した金沢21世紀美術館学芸員の横山由季子がレビューする。

絵本画家・いわさきちひろの生誕100年を記念し、年間を通して開催されている展覧会シリーズ「Life展」。その一環として、「広島」をテーマとする作品に焦点を当てた、石内都とのコラボレーション展示「ひろしま 石内都」展が、長野県・安曇野ちひろ美術館で開催された。異なる手法で被爆体験に向き合った2人の作品を組み合わせた本企画。その意義と展示構成について、広島市現代美術館学芸員の松岡剛が論じる。

固定の仕方や道具の転用など、作品を展示空間にインストールするために、アーティストたちは様々な「技法」を生み出してきた。それらを「Tips」と名付け、ピックアップする展覧会が京都芸術センターにて開催された。企画者である宮坂直樹ら5名の若手作家がインスタレーション作品を出品した本展を、星野太が論じる。

東京・駒込の東洋文庫ミュージアムにて「悪」に焦点を当てた展覧会「悪人か、ヒーローか」展が9月5日まで開催されている。古今東西の様々な人物に関する記録を集め、その虚像と実像に迫る本展をインディペンデント・キュレーターの長谷川新がレビューする。

テキスト、立体、絵画、インスタレーションと、多様な表現方法を組み合わせ、また他者の行為を介入させる作品を生み出してきた大久保あり。2017年に発表した《WHITE CUBE IS EMPTINESS》を中心にホワイトキューブで近作を展開。金沢21世紀美術館の北出智恵子が、これまでの活動を回顧しながら作品を読み解く。

小林椋(むく)は、サウンドアートを出発点に、空間に点在するカラフルな木製のオブジェ、液晶ディスプレイ、機構などからなるインスタレーション作品を継続して発表してきた。動くオブジェと映像を組み合わせた「ローのためのパス」展、そして同タイトルの作品を、「からだの錯覚」を研究する小鷹研理が読み解く。

熊本市現代美術館で4月〜6月にかけて開催されていた、「チェルフィッチュの〈映像演劇〉」展。岡田利規が発案した〈映像演劇〉は、いまここで起きている事象ではない「映像」を用いて、演劇作品の上演を行う試み。プロジェクション映像で、美術館という展示空間を上演空間へと変容させるというこの新しい形式の演劇について、映画文化、映像文化に関する研究を行う北野圭介がレビューする。

1970年代のニューヨークを中心に活躍し、35歳の若さでこの世を去ったゴードン・マッタ=クラーク。そのアジア初となる大規模回顧展が東京国立近代美術館で開催されている。マッタ=クラークの活動を彫刻、映像、写真、ドローイング、関連資料など約200点で紹介する本展は、建築家・小林恵吾による会場構成でも話題だ。本展を、東京都現代美術館学芸員の藪前知子がレビューする。