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ポップと美術史をコラージュするニューヨークの彫刻家、日本初個展。大森俊克が見た、レイチェル・ハリソン展

抽象的な彫刻作品を既製品と組み合わせたインスタレーション作品で知られるニューヨークのアーティスト、レイチェル・ハリソン。その日本初個展が東京・表参道のラットホールギャラリーで開かれている。木材を使った立体と写真作品を組み合わせた展示を、美術評論家の大森俊克がレビューする。

文=大森俊克

「Cropped Priapus」(2018)の展示風景 Courtesy the artist; Rat Hole Gallery, Tokyo; Regen Projects, Los Angeles; and Greene Naftali, New York

レイチェル・ハリソン「House of the Dolphins」 Object(オブジェクト)からThing(モノ)へ 大森俊克 評

 「ハウス・オブ・ザ・ドルフィンズ」。さしあたり「イルカたちの住処」とでも訳しうる本展は、アメリカ出身のアーティスト、レイチェル・ハリソンの日本での初個展である。階段を下りて地下のギャラリー・スペースに至ると、点々と配された7点のカラフルな柱状の立体作品と、壁に並ぶ12点の写真作品が目に入る。前者は、製材所で規格外となった木材に、セメント加工とグラフィティ調の彩色を施した「スタッド」と呼ばれるシリーズ。後者は、アテネやデルフィなど、ギリシャ各地の博物館でハリソンが撮影した古代ギリシャ彫刻のイメージであり、被写体の顔や頭部、腕の部分などが欠損している。

 おそらくこの展覧会名で示唆されているのは、デルフィという地名の元となる古代ギリシャのポリスであったデルポイ、さらには、イルカに変身したギリシャ神話のアポローン神を祀った同地の神殿だろう。紀元前の「アポローン讃歌」によれば、デルポイに向かうアポローンはクリーサの海岸の奥にある地下神殿に入ってイルカから人間に姿を変えるが、その神殿の入り口には複数の三脚台が置かれていた。「スタッド」がこの神具の脚部分の見立てだとすれば、その奥に並ぶ写真のイメージはなんらかの神託を表しているとは言えないか。

展示風景 Courtesy the artist; Rat Hole Gallery, Tokyo; Regen Projects, Los Angeles; and Greene Naftali, New York

 「スタッド」の屹立した佇まいとぼかされた色合いは、ポップな印象を醸しながら、しかしジュール・オリツキーの前ミニマリズム的なモダニズムの立体表現にも近い。見る角度によっては垂直性を感じさせつつも反り返った木材の形状は、「上昇」という意味を持ちながら、同時に「limus(斜め、曲がり)」を語義に含むラテン語の「sublimis」によってもっとも的確に形容されうるだろう。上に向かいつつ傾斜によって基軸から逸れていく、運動と視覚の内発的な敵対性。この「sublimis」が、モダニズムの鍵概念でもある「崇高(sublime)」の語源とされていることを考えれば、ハリソンはそこでモダニズムにひそむ歪みをありのままに表現しているようにさえ思える。

 いっぽう、写真群の多くで作家がとらえたのは、顔部分が失われることで一種モンスター的な形相と化した石像だ。美術史家のハインリヒ・ヴェルフリンは「いかに彫刻を撮影すべきか」(1896)で、「唯一正しい彫像の撮影アングルは正面である」と述べたが、当の正面性を表徴すべき顔貌が欠けているとき、彫刻の「正しい」イメージとは一体なんなのか。そしてこの問いが、ハリソンの表現とモダニズム批判を結びつける要となる。アポローン神殿の有名な神託に、「汝自身を知れ」というものがある。ハリソンはこれを、イメージ自体に向けて投げかけられた「イメージの出自をめぐる問いかけ」として、とらえ直しているように思える。つまりこの場合の「汝=あなた」とは、鑑賞者ではなく、イメージそのものの存在である。ジャン=リュック・ナンシーは、イメージの生成過程に含まれる暴力性を内発的に表象する「イメージのイメージ」として死仮面(デスマスク)を例に挙げているが、顔面破壊という暴力の痕跡を残しつつ、近代の博物館・美術館制度へと取り込まれる古代ギリシャ彫刻を写したハリソンの作品は、「表象の殲滅」の表象という西洋近代の倒錯した二重の視覚性をあらわにしている。

 これまで複数の識者によって指摘されてきたように、ハリソン作品の鑑賞後に余韻として感じとれるのは、従来の擬人化の枠組みから外れた、イメージや彫刻それ自体が能動性を持つことの可能性である。人間による創造物であるにもかかわらず、立体やイメージ自体が一定の思考パターンを持ち、自省し、さらには自ら関係項を築くという、アニミズムの実体的な発動。昨今語られるAIや「モノのインターネット」(IoT:Internet of Things、インターネットを介した電化製品同士の「交流」)の問題系を、近代の視覚芸術とその諸制度と同列化する点に、ハリソンの表現の特異性がある。

「スタッド」シリーズ(2018)の展示風景 Courtesy the artist; Rat Hole Gallery, Tokyo; Regen Projects, Los Angeles; and Greene Naftali, New York

編集部

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