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REVIEW - 2018.7.23

美術の制度へのあくなき挑戦者。北出智恵子が見た、大久保あり「WHITE CUBE IS EMPTINESS」展

テキスト、立体、絵画、インスタレーションと、多様な表現方法を組み合わせ、また他者の行為を介入させる作品を生み出してきた大久保あり。2017年に発表した《WHITE CUBE IS EMPTINESS》を中心にホワイトキューブで近作を展開。金沢21世紀美術館の北出智恵子が、これまでの活動を回顧しながら作品を読み解く。

文=北出智恵子

WHITE CUBE IS EMPTINESS 2018 スタイロフォーム、ペンキ、ステンレス サイズ可変 

WHITE CUBE IS EMPTINESS 2018 スタイロフォーム、ペンキ、ステンレス サイズ可変 

大久保あり個展「WHITE CUBE IS EMPTINESS」
創造のための条件:アナロジーと実践
北出智恵子 評

 本展のモチーフは、画家を志望し、美術教育を受けた美術家大久保ありの、過去から未来への自分史である。会場は、立体、平面、映像から成るオブジェとテキストで構成された。テキストが添えられるとオブジェは具体性、物語性を帯びる。とすれば、オブジェは限定され結実へと導かれるはずが、大久保のそれらは宙吊り、曖昧模糊、浅薄な危うささえ漂う。

 まず、メイン・スペースに散りばめられたアルファベットに視線が導かれる。20の文字が空間全体に上下、前後、左右に浮かび、表裏が混在しながらも、入口つまり一方向から「WHITE CUBE IS EMPTINESS」と判読しやすいように配されている。文言から美術史と制度への言及と強く印象づける。いっぽうで、文字はスタイロフォームという卑近で儚い素材から成り、表面には手書き文字と、絵画的な手法で厚みや影を意味する斜線が描かれる。文字を地面や壁から浮かせる支持体(ポールと金属製の足)は無骨で露わだ。鑑賞者は、見る(読む)行為を始めると同時に、主従、表裏という偏向に対峙することとなる。こうして、この一文の意味内容と並行して、平面性、表層、フィクション(つくりもの・こと)といった要素が強調されていく。

 いっぽう、《BLACK STARS》の小型モニタに映るイメージの共通項は、顔を隠すように黒の正円が加筆されていることだ。加筆行為に注目すれば、本作は没個性、無名性への姿勢ともとらえうるかもしれないが、作家自身のポートレイトと試合中のモハメド・アリの画像を除いた30点は、知名度が高い美術史上の名画の画像であり、顔以外の情報から作品特定が容易にできる。

BLACK STARS 2017 映像、ブラウン管モニタ 約2分

 ポスター作品の画面には黒の正円、白の十字架、2トーンの灰色から成る長方形、各々の下に「Black circle is nothingness,」「white cube is emptiness,」「grey horizon means death.」と刷られている。シンプルな形と文型を装いながら、それぞれを照合すると違和が生じる。「BLACK CIRCLE」に対する黒の正円が明快な記号であることに対し、「CUBE」は十字架で、「HORIZON」が2トーンの灰色による長方形である。なぜか。作家によると、十字架は立方体の展開図であり、長方形は絵画への言及を込めキャンバスに見立てたということだ。冒頭に述べた、「曖昧模糊」「浅薄な危うさ」を解明する鍵はここにあるように思える。

左が《BCIN, WCIE, GHMD. (black)》、右が《BCIN, WCIE, GHMD.(grey)》(ともに2018) 

 ベーグルをつくり鑑賞者に提供、食べさせる。グループ展会期中の毎日、参加作家作品を持ち出し別会場に展示して、鑑賞者にその足跡を追わせる。大久保はこれまで、展覧会企画者に作品を仕上げさせるなど、自身による実践及び他者の行為や労働を積極的に作品に介入させてきた。2015年、金沢21世紀美術館にて実現した作品《争点のオブジェクト》では、写真、額装品、巨石などのオブジェが配された会場にて「お話」が書かれた印刷紙を手にとった瞬間、鑑賞者は作品の当事者となり、美術館という場自体が彼女の作品に内包されるという仕掛けを見事に表現した。

 今回の展示において、ポスターにある立方体の展開図は、キューブが展開され反転したとき、鑑賞者が立つ展示空間が台座の上、舞台と化すことの暗示ではないか。鑑賞者は会場に入り言葉に出会うことで、知らず知らずのうちに作品の一部となるのだ。反転作用に想いをめぐらす大久保にとって、「CUBE」の記号が十字架つまり展開図であることは自然なことだった。ホワイトキューブはいまや展示空間の代名詞だが、白い立方体という字義では白い展示台もそうである。

 超/非現実的な事象が実現しうる領域が絵画であると信じてきた作家は、自身が画面に描いた黒丸を無だと主張することで失笑され、その後絵画から離れた。だが本展で実践されたことは、黒丸は無を意味しながら有を表し、ホワイトキューブは虚つまり空っぽであると同時に、実体ある創造と実践に満たされた場であるということだ。そして、水平線を描写するためのキャンバスが提示され、テキスト「《WHITE CUBE IS EMPTINESS》のためのステートメント/ほんとうのお話として(記憶が正しければ/未来が計画通りならば…)」にて2019年に作品《Grey horizon means death.》が発表されると記述された。こうして大久保は再び画家へと近づきつつある。そう期待する筆者もすでにこの「お話」の当事者である。