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京都のダムでの野外展。自然と技術が描き出す情景とは? 飯岡陸が見た「音羽川百景」展

京都・比叡山から流れ落ち、修学院離宮の脇を流れる音羽川。その東側に位置する砂防ダム周辺を会場として、荒木優光、加納俊輔の2作家による、写真と音、ライブやパフォーマンスを組み合わせた3日間の展示が6月に行われた。この野外展示で2人が試みたものとは? 飯岡陸が読み解く。

文=飯岡陸

展示風景より 撮影=飯岡陸

野外展示「音羽川百景ー荒木優光、加納俊輔」 上演されるランドスケープ 飯岡陸 評

 6月の湿った日差しのなか、上流を目指して川沿いを歩く。コンクリートで舗装された護岸はところどころ崩れ、土嚢が積まれている。靴底を濡らしながら砂利が混じったぬかるみを超えると、コンクリートで固められた壁が視界を遮る。その先から音が聴こえる。階段を登り壁を越えると、池に浮かぶゴムボートに乗った案山子と、風にはためく木製の枠に掲げられた写真が見える。案山子の頭に取りつけられた拡声器のようなスピーカーが、ノイズの混じる砂のような男性のささやき声を発している。

 京都、比叡山南麓を水源とする音羽川の周辺地域は、その地質の脆弱さからたびたび土砂災害を起こしてきたという。上流からの土砂をせき止めるためにつくられたのが、音羽川砂防ダムである。砂の勢いを弱めるために、地形はコンクリートによって滝、滝、川、滝、池、川と階段状に組み立てられ、その一部は「音羽川砂防学習ゾーン」として広場のように開放されている。この場で開催されたのが、加納俊輔と荒木優光による野外展示「音羽川百景」である。

 エイドリアン・フォーティー(*)は、コンクリートが近代的なイメージをまといながら、同時に土に起源を持つ土着的な加工物であるという二重性を指摘する。そして、コンクリートによって人工的につくられた「都市的自然」の例として、郊外から都市までをつなぐ水道橋や、山につくられるダムを挙げる。都市は成長するためにより一層多くの水を必要とするが、そのためには自然を切り崩し、都市との接木となる場をつくらなければならない。治水とは技術と自然の緊張関係そのものである。

 この展覧会における作家の介入に、それぞれ作品としての輪郭を見ることは困難である。彼らは展示空間のあちこちに様々な要素を設置する。写真は川の中に沈められ、木の枝から吊り下げられている。芝生の上に野外放送用のスピーカーが立てられ、滝の前には波形の図が掲示されている。それぞれの要素一つひとつに大きな意味は与えられず、断片的だ。しかしこの場に「断片」を挿入すること自体が、この場に対する有効な介入となっているように思えた。

展示風景より 撮影=飯岡陸

 加納の展示する工業製品や廃棄物などを写した写真の「面」は、プリントされたイメージの面であると同時に、環境との界面として扱われる。風を受けて破れた写真には、部分的にカラーテープで補修されているものもあれば、そのまま放置されているものもある。木に括り付けられたモニターの映像では、土を投げつけられ、枝で叩かれ、川に流されるなど、ペラペラの写真と自然物とが物質的に接触する様子が示される。こうした干渉にもかかわらず、屋外用の素材に出力されたイメージは溶け出すことなく、環境に対しての界面であることに留まり続けている。

 荒木はこの場所によって象られた空間を、音響によって浮かびあがらせる。芝生に立てられた野外放送用のスピーカーが発する音は、この場所がコンクリートの壁と森によってつくられた、窪んだ地形であることを際立たせる。池に浮かぶゴムボートから再生されるのは、インターネット掲示板に書き込まれた、騒音に対する苦情文を読み上げる男性の声だ。この音は池に浮かぶボートの上で録音されたものだという。ささやき声に混じる池の環境音は、再生されることで音の波となり、再び池の水面に響きわたる。また滝の手前の岩に波形の図を掲示することで、この場所に満ちる滝の音がテレビの放送終了後の砂音やラジオの局間ノイズと同種の、あらゆる強度の周波数の音が混じったホワイトノイズで あることが示される。荒木の試みにおいて人工/自然、ノイズ/環境音の対立は問い直され、音響的な介入はこの空間のあり方をつくり変えている。 

 展示物は「作品」として統合されず、自然と技術が接木された、そのむき出しの断面にただ差し込まれるだけである。暮れかけたグレーの光の中を振り返ると、そこにあるのは上書きされた新しいランドスケープだ。

*1-- エイドリアン・フォーティー『メディアとしてのコンクリートー土・政治・記憶・労働・写真』(坂牛卓, 邉見浩久, 呉鴻逸, 天内大樹=訳、鹿島出版会、2006)

※本稿の推敲中に西日本で発生した、記録的な水害により犠牲になられた方々とご遺族の皆様にお悔やみを申し上げます。また被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。そして防災、救助、復興に関わる皆さま、それらを支える技術に深い敬意を表します。

加納俊輔の作品展示風景 撮影=澤田華

 

編集部

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