青森県弘前市の弘前れんが倉庫美術館で、東京を拠点に活動する風間サチコの東北初となる個展「風間サチコ展:方丈ルームの1000里眼」が開幕した。会期は11⽉15⽇まで。担当は同館館長の木村絵理子、学芸員の宮本ふみ。
⾵間は1972年東京都生まれ、在住。96年武蔵野美術学園版画研究科修了。黒⼀⾊で刷られた⽊版画を主な表現⼿法として制作活動を行う作家だ。近代化によって変化した⽇本社会に関⼼を寄せ、国家、資本主義、科学技術を象徴するモチーフを軸に、それらがもたらした進歩の裏側にある犠牲や⽭盾を鋭い視点で描いてきた。オリンピック、東⽇本⼤震災後の原発事故などの時事的なトピックから学校などの⾝近な場所まで、近現代の社会的事象を題材に、⽂学、神話、個⼈的記憶を⼤胆に交差させた作品で知られている。

東京出身かつ在住の作家が、なぜ弘前の地で個展を開催することになったのか。それは10年前に風間が青森公立大学国際芸術センター青森 [ACAC]のレジデンスで滞在制作を行うためにこの地を訪れていたことに端を発する。弘前に住む友人と古書店を巡っていた際に出会った一冊の本をきっかけに、今回の注目作品である新作の油彩画が構想・制作されたのだ。また、風間の祖父は老舗の日本画材店を営んでおり、青森出身で自らを「板画家」と称した版画家・棟方志功(1903~1975)に紙を納めていたこともあるという。こうした縁も、今回の展覧会が開催される後押しとなった。

本展タイトルにある「方丈ルーム」とは、鎌倉時代初期の随筆家・鴨⻑明(1155〜1216)が記した『⽅丈記』から着想を得ている。長明は四畳半ほどの部屋で必要最小限の品々に囲まれながら生活を送る様子を本書に綴っており、その有り様は風間が自身のアトリエ「風間ランド」で日々制作に没頭する姿と重なり合う。また、「千里眼」という言葉には、過去を参照し、現在の視点から未来へと思考を巡らせる作家の制作スタイルが反映されている。
会場では、1990年代の初期作から近年の代表的な木版画、そして弘前での展示にあわせた最新作の絵画まで約60点を展示。風間のキャリアを振り返るとともに、その現在地をとらえることを試みる。
初挑戦となる油彩画などの新作がお披露目
まず展示室で鑑賞者を迎えるのは、新作となる油彩画と巨大な壁画だ。大学卒業以来、白黒の木版画を主な手法としてきた風間にとって、油彩画への挑戦は今回の東北初の個展という記念すべきタイミングで実現したものとなった。前述の通り、10年前のレジデンスの際に地元の古書店で出会った、19世紀フランスの⼩説家ヴィリエ・ド・リラダン(1838〜1889)の幻想小説『トリビュラ・ボノメ』(渡辺一夫訳、白水社、1940)の短編「⽩⿃扼殺者(やくさつしゃ)」からインスピレーションを得た作品群が展示されている。

とくに本展のメインビジュアルにも採用されている《ありがとう、我が愛する白鳥よ!》(2026)に注目したい。本作は、リラダンの小説に加え、風間が深い関心を寄せるリヒャルト・ワーグナー(1813〜83)のオペラ『ローエングリン』(初演:1850)や、青森県の夏泊半島にある平内町・浅所海岸の白鳥伝説など、白鳥にまつわるエピソードが画面のなかにモチーフとして構成され、重層的なイメージを生み出している。色彩に関しては「絵具の調合に苦労した」と語っており、自身が収集してきた書籍や図鑑などから色調を探っていったという。

また、青森や岩手の旧南部藩で遊ばれていたとされるカルタの一種「黒札」の図案を巨大化させた新作のアクリル画も公開された。白・赤・黒のみで構成されたシンプルなデザインに呪術的な美しさを感じたという風間。これら一連の作品は、『トリビュラ・ボノメ』に収録された短編小説の魅力的なタイトルが引用され、《蓋然論者(がいぜんろんしゃ)の宴会》や《鑑賞的なる女性論客》といった名がつけられている。



































