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地域レビュー(東北):長尾衣里子評「占領下の盛岡 住宅接収の実態」(もりおか啄木・賢治青春館)/「境界をまたぐとき」(Cyg art gallery)

ウェブ版「美術手帖」での地域レビューのコーナー。本記事では、長尾衣里子(十和田市現代美術館チーフ・キュレーター)が、岩手県で開催された2つの展覧会、戦後80年を機に住宅接収の史実を紐解く「占領下の盛岡」と、自然と人間の交わりを問う「境界をまたぐとき」を取り上げる。人と人、人と動物、人と自然のあいだに生じる「境界」は、どのようなタイミングで人々の意識のなかに浮かび上がるのだろうか。

文=長尾衣里子

「境界をまたぐとき」(Cyg art gallery)の展示風景。左から、菊池聡太朗《果樹園の跡》(2022)、《夜の木材》(2022) 撮影:知念侑希 写真提供:Cyg art gallery

市民企画展「戦後80年企画展[続編]占領下の盛岡 住宅接収の実態」(もりおか啄木・賢治青春館、*1)

家族の痕跡と向き合うとき

 この展覧会のチラシを見たとき、ピンときた。それは、1946年から52年にわたり、京都市美術館(現・京都市京セラ美術館)がGHQに接収されていた史実が思い起こされたからだ。また、現代アーティストの田中功起がこの史実に着目し、同館にて制作・発表した作品《一時的なスタディ:ワークショップ#1「1946年〜52年占領期と1970年人間と物質」》(2015、*2)を鑑賞した際の、強い印象が残っていたことも大きい。

 戦後の占領下における接収とは、いったいどういうことだったのか。どのような政策で始まり、市民や進駐軍にいかなる影響を与えたのか、ずっと気になっていた。

市民企画展「戦後80年企画展[続編]占領下の盛岡 住宅接収の実態」のチラシ

 本展は「住宅接収の実態」に焦点を当て、その視点から占領下の盛岡(*3)を見つめ直す展示構成であった。会場には、マクロとミクロの両視点からなる充実した資料が紹介されていた。

市民企画事業の一環として開催された本展は、郷土史家・中島航が企画。2025年9月の中間報告展をさらに深化させ、未公開資料や新たな証言を追加した「続編」となる 撮影・写真提供:占領下の盛岡実行委員会

 マクロ的視点による資料とは、主に公文書である。その大半はテンプレート形式であった。例えば「菊池邸を進駐軍将校宿舎として接収する通知」は、書類番号や家主の名、接収開始日、使用する米軍将校名のみが手書きとなっている。あらかじめ雛形が存在し、市内の邸宅約25軒(*4)へも同様の通知がなされていたことを物語っている。ほかにも「賃貸借契約書(様式)」や「接収住宅所有者の証明書(英文)」などが展示されていた。これらは市民に伺いを立てる依頼書ではなく、進駐軍の意向を受け、岩手県庁を通して下された「絶対命令」の決定通知であった。

「菊池俊司邸 接収決定通知」 写真提供:占領下の盛岡実行委員会

 こうした強制的に構築された社会を、個人の証言というミクロ的な視点を通して追体験することで身近な出来事として実感を伴ってくる。一言で住宅接収といっても、通知後2日以内の退去を命じられ、愛着ある自宅の改造に涙した大矢ミツ邸もあれば、家を二分して住む「部分接収(同居型)」(*5)となった藤田五郎邸のように、接収期間中から米軍軍曹一家とクリスマス会を開くなどの交流が生まれ、解除後もその関係が続いていたケースもある。また、菊池俊司邸でハウスボーイを務めたMは、下士官から米国留学の誘いを受けた経験を交え、「戦勝国と敗戦国との関係であっても、相互に特別な先入観を抱かない限り、人間同士の素朴な触れ合いは、国・人種を超えて繋がるように感じられた」(*6)と述懐している。さらに、理容店を営む女性の証言からは、未知の習慣(逆方向からの髭剃りやレディファースト)との遭遇や、恐る恐る体験した異文化(コーヒーやタバコ)を徐々に彼女自身の生活習慣へと取り入れていった生々しい様子が伝わる(*7)。

占領初期の状況を示す資料をはじめ、住宅の部分接収や進駐軍の関係施設で働いていた人々による証言などが展示された 撮影・写真提供:占領下の盛岡実行委員会

 対して、接収側の進駐軍は異国の地でどう生きたのか。菊池邸の記憶によれば、日本の習慣を尊重して靴を脱いで家に入った将校の姿や、当初は元敵国の日本人を警戒し銃を構えていた番兵が、やがて銃を持たずに門に立つようになっていくといった、人間模様が垣間見える変化が記されている。

 このように、マクロ的な視点からは、ネガティブなイメージが先行するが、一人ひとりの証言をたどれば、直接的な交流を経て徐々に平和な日常へと変容していった一面もあることがわかる。この様相からは、過酷な制約下にあっても、誰もが「わたし」が平和に生きるためにはどうすれば良いのか考え、知恵を絞り、国や人種を超え、人間としての関係を築こうとした軌跡が見えてくる。

中島の高祖父・菊池俊司邸に描かれていたキャラクター絵の一部。写真は住宅の建て替えに際し、絵を切り抜いて移築する様子を捉えたもの 写真提供:占領下の盛岡実行委員会

 本展は、主催者である郷土史家・中島航の祖母宅に残された、4枚のキャラクターの絵から始まった。接収の際、高祖父・菊池俊司邸の一室を子供部屋として使用した進駐軍一家によって描かれ、建て替え時も大切に切り抜かれ受け継がれた絵だ。この「残されたもの」にこそ、重要な意味がある。現在を生きる中島の目の前に物理的な痕跡があったからこそ、彼は過去と真摯に向き合うことになったのだろう。

 中島は、マクロとミクロ双方の資料を通じ、事態の功罪を等しく取り上げた。盛岡市民と進駐軍という二項対立で人間を一括りにせず、真実を探究し歴史の一端を偏りなく伝えようとする実直な姿勢により、本展には「住宅接収」という難しい史実に対して、極めてニュートラル(中立的)な視点が貫かれていた。ひとつの大きなイメージや断片的な情報がすべてであるかのように受け取られがちな現代において、本展のような真実の探究は、安易に白黒をつけて分断を深めてしまう社会への抑止力となるのではないだろうか。そのきっかけは、案外私たちの身近なところにあるのかもしれない。

*1──「石川啄木」の「啄」は本来「啄」キバ付き表記。閲覧環境によって見え方が異なる場合が想定されるため、ここでは「啄」と表記する。
*2──映像インスタレーション。1946〜52年のGHQによる美術館接収の史実と1970年の展覧会「人間と物質」の会場となった歴史に基づき、京都の高校生たち8名がバスケットボールの「再演」、在日米軍基地問題と文化のレクチャー、戦争についての対話などを行うワークショップを記録・編集した作品。
*3──1945年から52年にかけて、岩手県には約3000名の米軍部隊が駐在し、岩手教育会館に司令部が置かれた。また、盛岡工業専門学校(現・岩手大学理工学部)は兵舎として、市内の民家約25軒は将校・下士官宿舎として接収された。
*4──盛岡市史編纂委員会編『盛岡市史 第9分冊』盛岡市、1966年。
*5──原戸喜代里、木口なつみ、大場修「占領期京都における接収住宅に関する研究」『住総研研究論文集 41巻』2015年、121-132頁。
*6──『街もりおか 2022年8月号』杜の都社、2022年。
*7──伊藤キミ(孫・級木美子談)「占領下の盛岡にいた人びと」より。「…飲んだことのないコーヒーやタバコやワインを出され、断ったら殺されるんじゃないかって思って頑張って飲んだ…。ある時は牛肉を出された…血が滴る肉に縁がないので、怖くてそれだけはどうしても勘弁してほしいと言った…。」(2025年8月取材、一部抜粋)。

「境界をまたぐとき」(Cyg art gallery)

境界を意識するとき

 近年、野生動物が人里や市街地に出没する獣害のニュースをよく目にする。とくに東北に住むと、それは身近な問題である。十和田市でも毎日のように熊の目撃情報が通知されている。気になるのは、母熊と子熊の親子が多いことだ。生き延びるために必死なのだと思うと切なくなるが、いっぽうで恐怖もあり、山へ帰ってほしいとも強く思った。この経験から、人間と野生動物との境界について意識するようになった。しかし、なぜこの経験を経て意識し始めたのだろうか? ふと疑問に思った。

 そんななか、東北を拠点に活動するアーティスト6名による本展が開催され、足を運んだ。それぞれが自然と対峙し、遭遇した「境界」から着想を得て表現した作品が並ぶほか、出展作家一人ひとりの考察が言語化されたステートメントも付帯されており、「境界」について言及したコンセプチュアルな展覧会となっていた。

菊池聡太朗による作品群。壁面右は《鹿の渡り》(2024)、壁面中央は《道作り》(2024) 撮影:知念侑希 写真提供:Cyg art gallery

 岩手県出身の菊池聡太朗(1993〜)は、ステートメントにおいて「人間は自然の中で、自分たちの領域を伸び縮みさせ、中に入り込み、交渉するように生きてきたのだと思う。その内側、外側、時に中間的な場所から風景を観察しながら、私たちと自然との距離を確かめたい」と述べ、絵画とオブジェを展示していた。野生動物の道《鹿の渡り》(2024)、人間が切り拓いた山道《道作り》(2024)、そして虫のつくった道の痕跡が見えるオブジェ《虫食いの杉》(2026)。これらは生命が互いの領域に干渉し合う「道」のあり方を示している。続く《夜の木材》(2022)や《果樹園の跡》(2022)は、人間の生活圏が野生へ回帰していく「荒れ地」のような風景だ。まさに自然と人間の中間的領域が変容する過程を捉えた作品群である。対して、最後の《金網》(2022)は、解体跡地に一時的に現れる都市の「空き地」だ。高層ビルを背に、眼前の金網によって境界が明確に線引きされた、都市的な風景と言える。

 一連の作品からは、けもの、人間、微生物が互いの境界上に存在し、共存する様相が見えてくる。強固な《金網》で隔てられた都市部とは異なり、地方における境界は元来曖昧で、人間が完全に管理することはできないという事実に、菊池聡太朗の作品は鋭く触れているように思う。

菊池咲は、動物たちが画面のなかで「生きていること」、そして「ただ存在していること」の表現を目指し、絵画制作を行っている 撮影:知念侑希 写真提供:Cyg art gallery

 野生動物の生死を通して境界を示唆している作品も興味深い。同じく岩手出身の菊池咲(1986〜)は、道路で事故死した動物の解体と標本製作を行っており、それが絵画制作と「切り離せない関係」にある。彼女の筆致は、失われた生命がいまそこで息づいているかのような《アナグマたち》(2025)などを描き、過去の生命を、いま、そして未来へ「生き続けさせる」その転換点(境界)を創造しているように映る。

深山けものは狩猟活動の傍ら、鹿骨細工のアトリエ「けもの舎」を営んでいる。会場では、山で起こったことを綴った書籍やアクセサリーが販売された 撮影:知念侑希 写真提供:Cyg art gallery

 岩手県盛岡市在住の猟師・深山けものは、盛岡猟友会として罠を仕掛け、獣害対策を行う。同時に、仕留めた鹿の骨や角を用いた細工物を制作・販売し、狩猟活動資金を循環させる。狩猟者であり生活者でもある彼女は、山と街、野生と人間をつなぐトランスミッター(伝達者)として「自然と人との暮らしの調和を模索」している。

中央は、永沢碧衣《宿る者》(2022)。永沢は自身の絵画制作において、狩猟された熊から精製した膠を用いている 撮影:知念侑希 写真提供:Cyg art gallery
上は、さとうひより《夜を行く鹿》(2026)、下は《静寂》(2026) 撮影:知念侑希 写真提供:Cyg art gallery

 秋田県出身の絵画作家・永沢碧衣(1994〜)と岩手県出身の画家・さとうひより(1996〜)は、自然を神格化、あるいはファンタジー化して捉える。マタギ(*8)の見習いとして定期的に山河へ入る永沢は、「歩けば歩くほど、(中略)自然の中へと静かに溶けていく感覚が訪れる。しかし、その先で出会う切実な生命の生き様・死に様に触れると、私は再び『自分という個を生き抜く存在』へと引き戻される」と言う。穴熊猟(*9)で目にした巣穴を題材に、四季折々の草花に囲まれて冬眠する熊を想像して《宿る者》(2022)を描いた。また、岩手山と姫神山の谷間(境界)で育ったさとうは、2つの山を「父と母」のような「安心感」をもたらす存在として認識し、自身の記憶や感情に結びつけた心象風景を描く。《夜を行く鹿》(2026)は、同じ岩手県出身の宮沢賢治の童話『鹿踊(ししおど)りのはじまり』(*10)を想起させる幻想的な趣があった。

知念侑希による写真作品。本展を企画した知念はフォトグラファーとしてクリエイティブ職に携わりながら、狩猟活動も行う 撮影:知念侑希 写真提供:Cyg art gallery

 本展の主催者でもある、東京から移住したフォトグラファー・知念侑希(1992〜)は、「都市的な便利さを手放せない自分と、土に触れたいと願う自分」のあいだで揺れ動く心情を表現する。展示された写真は、山中や地域の人々の道具を捉えたものだ。それらは「心の奥の何かを思い出させられる感覚に包まれる」ほど、知念の眼前に強烈な火花のごとく現れた光景だという。

 このように、6人が提示した境界は多種多様だ。しかし彼らに共通することは、自身が自然との境界上に存在したという実体験をもとに表現している点だ。菊池聡太朗は山林や空き地を訪れ、菊池咲は動物の死骸を通して過去と未来をつなぎ、深山は生死を通して山と街をつなぐ。また、永沢はマタギを通して境界の溶解と顕現のはざまを経験し、さとうは谷間という守られた境界上で生まれ育ち、知念は都市と農村のあいだを彷徨っている。

 本展を通して気づかされたことがある。菊池聡太朗が表現するように、元来人間と自然の境界は曖昧な状態にある。しかし永沢の言うように、ひとたび生命の存立が脅かされる事態に晒されたときに、境界は立ち現れるのである。「存立が脅かされる」──聞き覚えのある言葉だ。そう、いま(*11)まさに問題となっているホルムズ海峡を議題とした、集団的自衛権の国会答弁である。戦争によって生命に危機が及ぶときにも、人間は境界を意識する。戦後盛岡における住宅接収の実態が示すように、生命の危機が緩和されれば、境界は再び曖昧になり、共存へと向かう。冒頭の疑問に戻るが、これまで人間と野生動物との境界をそこまで意識しなかったということは、それだけ平穏な日常を送れていた証なのかもしれない。

*8──東北地方の山間部で伝統的な集団狩猟を営む狩猟者。獲物を「山の神からの授かりもの」と尊び、独自の儀礼や信仰、自然への深い畏敬の念を土台とした生活文化を継承している。
*9──アイヌ民族が残雪期に冬眠中のヒグマを狩っていた風習に由来する呼称。
*10──主人公の嘉十(かじゅう)という男が、すすきの影から鹿たちの会話や踊りを覗き見るうちに、自分と鹿との境界が揺らぎ、その違いを忘れてしまうという不思議な体験を描いた短編童話。
*11──2026年3月22日に執筆。同日朝8時44分(米東部21日午後7時44分)、トランプ大統領は自身のSNSにて、イランが48時間以内に封鎖しているホルムズ海峡を開放しなければ、イランの「様々な発電所を攻撃し、壊滅させる」と警告した。

編集部