ハイプカルチャーを生み出したクリエイター
NIGO®は1970年群馬県前橋市出身。東京の文化服装学院を経て、93年にスタートした自身のブランド「A BATHING APE」(以下、BAPE)で絶大な人気を獲得し、当時「裏原宿」と呼ばれたストリートカルチャーを牽引した。2010年に新たなブランド「HUMAN MADE」を設立、21年からはパリを拠点とするKENZOで、創業者の髙田賢三以来初となる日本人アーティスティック・ディレクターも務めている。コラボレーションを行ってきたブランドも、ルイ・ヴィトン、ナイキ、ペプシ、任天堂など多岐にわたる。
30年を超えるキャリアのなかで、ファッション、音楽、インテリアデザインを融合させ、アメリカン・ヴィンテージ、ストリートウェア、ヒップホップ、日本の伝統工芸品、さらには1980年代の東京近郊で過ごした思い出や当時受けた影響などを巧みに織り交ぜたそのスタイルは、ハイプカルチャーの元祖とも言える存在として、世界中に熱狂的なファンを持つ。

発想の源となった貴重なアーカイブ
本展の際立った特徴は、700点を超える展示品のうち、およそ600点がNIGO®本人の個人アーカイブで構成されている点だ。時代の空気を掴んで独自のスタイルに昇華する過程において、このアーカイブが彼にとっていかに重要な存在だったかを物語っていると言えるだろう。
展示は「過去は未来のなかに」「進化」「NIGO®効果」「ニュー・トラディション」の4つのテーマで構成されている。
「過去は未来のなかに」は、1980年代、NIGO®が10代の頃を過ごした部屋の再現からスタートする。昭和の時代にはどこの家庭にもあったような蛍光灯の照明器具に照らされた室内には、レコードや雑誌、当時人気の映画やミュージシャンのポスターとともに、セレクトショップのショッピングバッグ、人気ブランドの服、アクセサリーなどが並ぶ。BGMには、当時の日本とアメリカ、イギリスなどのヒットソングが流れている。
なかでも興味深いのが、1950年代のリーバイスのタイプⅡデニムジャケットにまつわる逸話だ。穴が空いてボロボロになったこのジャケットを購入した際、彼の母は憤慨したという。着古された服にわざわざお金を払うことを理解できない親世代と、希少なヴィンテージとして価値を見出す子世代との感覚の違いが鮮明に表れている。


ヴィンテージアイテムの発掘は、やがて東京の古着屋巡りからオークションへと移行し、手に入れるアイテムもさらにレアものとなっていく。続く展示では、アメリカの大学生たちが愛用したスタジアムジャンパーや、アーミージャケット、デニムなどの希少なヴィンテージ品が紹介される。なかには1920年代の品も含まれており、NIGO®自身がとくに誇りにしているコレクションだという。

続くのは、300点に及ぶ服や小物が一堂に会したエリアだ。四角く区切られたショーケース内には、ジャケットやトレーナーなどの服以だけでなく、ドナルドダック、フィリックス・ザ・キャットなどのビニール製フィギュア、マンガの単行本や格闘技の雑誌、スニーカー、ベースボールキャップなどが整然と並ぶ。当時の日本のサブカルチャーを象徴する品々と、アメリカのサブカルチャーを代表する品々が隣り合わせにディスプレイされている光景からは、身近な物事とともに異国文化にも憧れを持っていた1980年代の日本の若者の姿を感じさせる。使われているディスプレイ棚は、NIGO®の東京のスタジオでも使用している、スイスの老舗家具メーカー「USMハラー」の収納システムだ。
会場には、「プライベートなコレクションである私のアーカイブは、私のクラフツマンシップの源でもあります。私のクリエイティブな旅のために存在し、導いてくれるのです」というNIGO®自身の言葉が記されている。「過去は未来のなかに」に並ぶ展示品は、すべてNIGO®本人によるキュレーションだという。当時の彼の熱量と、これらのコレクションへの想いがひしひしと伝わってくる。


ストリートカルチャーでの台頭
2つ目のテーマ「進化」では、NIGO®の初期キャリアの出発点となったショップ「NOWHERE」と、自身のブランドBAPEで幕を開ける。NOWHERE は、1993年に高橋盾とともに始めたショップであり、高橋は日本のファッションブランド「UNDERCOVER」の設立デザイナーとしても知られている。
東京、原宿の裏道を舞台としたストリートカルチャー「裏原」で大きな存在感を発揮していた「NOWHERE」のエントランスやパッケージデザイン、そしてBAPE初期のナイロンジャケットやTシャツが展示されるほか、文化服装学院時代のデザイン画も並ぶ。また、当時人気を博したカルチャー誌『宝島』での連載ページや、「裏原」の地図も並んでおり、日本のサブカルチャーの詳細や雑誌がロンドンのデザイン・ミュージアムに展示されていることが新鮮だ。


プロジェクト全体を導き、商品をより魅力的に見せる手腕にも長けていたNIGO®は、数々の限定品の展開や目を引くパッケージや小物のデザインでも注目を集めていく。さらにはKAWS、ペプシ、ディズニーなど、世界的なアーティストやブランドとのコラボレーションも行い、ストリートファッションの可能性を押し広げていく。NIGO®にとって欠かせない要素のひとつである音楽の分野にも活躍の幅を広げ、レコードレーベルも設立。これらは細々としたアイテムだが、どれもユニークでウィットに富んでおり、見るものを飽きさせない。NIGO®はプレスリリースのなかで、「様々な経験を通し、ありがたいことにたくさんの学びを得ました。限定品の製作作業とマスマーケット向けの制作作業は非常に違いますが、重要なのは、そのなかにどれだけ自分自身の個性を反映できるかです」とコメントしている。

2010年には、新たなファッションレーベル「HUMAN MADE」をスタート。「未来は過去にある」をモットーに、アーカイブからのインスピレーションを明確に打ち出したデザインを披露。ここでは、本展冒頭にある彼のヴィンテージアイテムのコレクションを思い起こさせるスタジアムジャケット、デニムなどが並ぶ。さらに、2021年にアーティスティック・ディレクターに就任したKENZOでも、同じ視点からメゾンのアーカイブに現代的な息吹を吹き込み、ノスタルジックでありながらもフレッシュなコレクションを生み出している様子を紹介している。なかでも、22年のメットガラでキッド・カディが着用したロイヤルブルーのスーツとケープのディスプレイは、圧倒的な存在感を放っている。

つねに「未来は過去にある」
3つ目のテーマ「NIGO®効果」では、幅広い分野でトレンドセッターとなったNIGO®の影響力を、各ブランドとのコラボレーションを軸に検証していく。マーク・ジェイコブス、ファレル・ウィリアムスとともに手がけたルイ・ヴィトン2005年春夏コレクションのサングラスをはじめ、2025〜26年秋冬メンズウェアコレクションのアンサンブルなどを展示している。

NIGO®は、ともに仕事をしてきた高橋やウィリアムス、KAWSについて、「一緒に成長してきたことを嬉しく思っていますし、嫉妬や妬みを感じたことはいっさいありません。ストリートカルチャーは、わたしたちがともに生み出してきたものです。誰かひとりでも欠けていたら、今日あるものとは違っていたでしょう。すべての人に感謝しています」とコメントしている。
最後のセクションは「ニュー・トラディション」と名付けられており、ガラスの茶室のなかにNIGO®自身が手捻りした茶器25点を並べる。近年NIGO®は、日本の伝統的な工芸や儀式を学び、その習得に熱心に取り組んでいるという。これもまた「未来は過去にある」でもあり、伝統的な技法にインスピレーションを得ながら、現代的な作品に昇華させている。また、このガラスの茶室は本展のスポンサーでもあるNOT A HOTELとの共同制作によるもので、伝統的な茶室を現代的に解釈した空間となっている。NOT A HOTELは、建築家が手がけた不動産の所有権をライフスタイルに合わせた期間だけ購入、自宅や別荘としての利用だけではなく、ホテルとしても貸し出せる画期的なシステムを提供する企業だ。NIGO®は、「アメリカのヴィンテージの歴史は130年ですが、日本の茶道と茶器の歴史は450年あります。そのすべてを理解することは不可能ですが、それらが将来私に影響を与え続けていくと思っています」と語っている。

いまNIGO®展を開催する意義とは
共同キュレーターを務めたエズメ・ホウズは、内覧会でこのように語った。「NIGOはサンプリングとコラボレーションの達人であり、30年以上にわたって、ファッション、音楽、インテリア、ブランド構築など幅広い分野で活動してきました。そして近年のスタイルやファッション史において、もっとも影響力のあるアイデア、デザイン、トレンドを数多く生み出して、世界中の熱狂的なファンを魅了し続けています。デザインミュージアムは開館以来、たくさんのデザイナーの展覧会を開催してきましたが、彼のような総括的なクリエイティブ・ディレクターに焦点を当てたものは今回が初めてです。ここ数十年、今日のトレンドの多くを支えているのは、ごく少数のパワフルで優れた人々ですが、彼はそのなかでもとくに注目すべきひとりです。クリエイティブ業界におけるその重要性を考えると、彼の展覧会を開催することはじつにタイムリーで大きな意義があると感じています」。
NIGO®は声明文で、「この展覧会は、私の作品を紹介するだけではなく、日本人や日本の文化について何かを伝える良い機会になると思っています」とコメントしている。また、現代のクリエイターにとって、過去に目を向けること、伝統的な技法やアイデアを現代の制作活動に取り入れることは重要だとしつつ、「オンラインで見た写真から得た理解と、実際に手に取って見た経験のあいだには大きな違いがあります。私にとって、これまで手にしてきたものはすべて教師のような存在でした」と語っている。さらに、クリエイティブなアイデンティティを確立したいと思っている若いクリエイターたちへのアドバイスとして、「幅広い経験と知識を持つこと」が重要だとしている。
1980年代から90年代初頭にかけて、東京近郊で暮らしながら魅せられた日本とアメリカのサブカルチャーへの強い想いをいまなお持ち続けているNIGO®。過去や伝統をリスペクトしながら独自の世界を構築し続ける、彼の熱量をダイレクトに感じられる展覧会となっている。
同展開催を記念して、ハイストリート・ケンジントン通りに面するエントランス脇のミュージアムショップは現在、NIGO®とナイキのポップアップショップとなっており、両者とデザインミュージアムによる限定コレクションを販売している。7月1日と8月1日にはさらなるアイテムが追加される予定になっており、期間中何度も訪れても楽しめる内容だろう。さらに、ナイキとNIGO®によるコラボーレーションスニーカー「Nike×NIGO® LO2 Air Force」は、東京のHUMAN MADEとUNDERCOVERで発売されるよりも1日早く、本展初日の5月1日から先行発売され、ロンドンのファンを喜ばせていた。



































