「非同期」する音と映像
高谷が手がけた映像もまた、この作品を特徴づける重要な要素だ。スクリーンには、坂本のスタジオに置かれた機材やピアノ、庭、空や雲、水面の波紋、アイルランドやモロッコ、東京、ドイツの風景、そして東日本大震災の津波で被災したピアノなど、様々なイメージが現れる。これらは必ずしも楽曲の展開と完全に一致するよう編集されているわけではない。
それこそが、作品タイトルにも掲げられた「async=非同期」という考え方である。高谷によれば、一部のテキストなどを除き、基本的に映像と音楽は同期していない。音と映像は互いに関係しながらも、固定されたひとつの意味へとは収束しない。反復される映像であっても、その瞬間に流れる音との組み合わせによって異なる印象を生み出していく。高谷はそれを、反復しながらもまったく同じものは二度と現れない「波や雨の波紋を見ているとき」に重ねている。

スクリーンの幅が26.4メートルにも及ぶことで、映像は正面からただ「見る」対象ではなくなる。画面全体を視野に収めるのか、細部を見るのか、あるいは映像から視線を外して音だけに集中するのか。鑑賞者には、通常の映像作品以上に自由な振る舞いが許されている。それゆえ、この作品には「正しい鑑賞位置」があるわけではない。空間を移動し、立ち止まり、耳を澄ますなかで、音と映像の関係を鑑賞者自身がその都度見つけていくことになる。




















