『戦メリ』で惹かれた坂本龍一
──坂本龍一さんを被写体にしようと思ったきっかけは?
エリザベス・レナード(以下、レナード) 私は以前、ラベック姉妹というフランスのピアニスト姉妹を追ったドキュメンタリーを制作しましたし、写真家としてニューヨークなどの都市を撮影し、ギャラリーで展示もしてきました。また、ミュージシャンのアルバムカバーを手がけるなど、音楽との関わりも深かった。
大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』(1983)を観たとき、初めて坂本龍一の音楽と存在に触れて、本当に素晴らしいと思ったんです。彼は映画の被写体として非常に魅力的だと感じました。一緒に映画を観ていたフランスのテレビプロデューサーも同じ意見で、そこから企画が始まりました。

──初めて坂本さんに会ったときの印象は覚えていますか?
レナード よく覚えています。坂本さんがデヴィッド・シルヴィアンとベルリンでレコーディングしていると聞き、会いに行きました。私は写真家なので、写真を撮った瞬間の記憶がとても強く残るんです。
ベルリンの壁の近くにあるスタジオの外で彼を撮影しました。その場には同時付き人だったピーター・バラカンさんもいて、坂本さんはとても感じのいい人でした。英語はあまり話さなかったけれど、通訳を通してこちらの話は理解していたと思います。私が自作の写真のポストカードを渡すと、とても気に入ってくれて「東京に来てください」と言ってくれました。

──撮影期間は限られていたそうですが、制作中に印象に残っている出来事は?
東京では、坂本さんを撮影した日が4日間、彼がいない状態で東京の街を撮影した日が3日間ありました。撮影とは直接関係のない話ですが、当時は16ミリの撮影機材をすべて税関で申告しなければならず、日本とフランスの間で機材の持ち込みに関する問題がありました。東京に着いたのに機材が届かず、大騒ぎになったのですが、原因はたった一本の「針」でした(笑)。カメラマンが機材を開けるために使う針を申告し忘れていて、それが原因ですべてが止まってしまっていた。いまでは笑い話ですが、当時は本当に大変でしたよ。
























