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「瀧口修造 書くことと描くこと」(アーティゾン美術館)開幕レポート。批評と創作を往還した思索の軌跡に迫る

東京・京橋のアーティゾン美術館で「瀧口修造 書くことと描くこと」が開幕した。会期は10月4日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=三澤麦(編集部)

「瀧口修造 書くことと描くこと」の展示風景(4階)。手前にあるのは瀧口によるオブジェなど。奥の壁面には評論の一節が掲載されている

 東京・京橋のアーティゾン美術館で「瀧口修造 書くことと描くこと」が開幕した。会期は10月4日まで。担当は島本英明(同館学芸員)。

写真家・安齊重男が撮影した瀧口修造(1978年1月)

 瀧口修造(1903〜79)は富山県生まれ。1921年に上京後、慶應義塾大学で西脇順三郎に師事してシュルレアリスムへの関心を深め、自らも詩作を開始。30年にはフランスの詩人アンドレ・ブルトン(1896〜1966)の『超現実主義と絵画』を翻訳・刊行し、以降はシュルレアリスムの造形活動を中心に論じるようになる。50年代には美術批評の執筆に盛んに取り組むほか、「読売アンデパンダン」展の批評やタケミヤ画廊の作家選定を手がけ、58年の第29回ヴェネチア・ビエンナーレではコミッショナーを務めた。そんな瀧口は、60年頃から突如としてドローイングや水彩の制作を始め、同年10月に初個展を開催。70年代にかけて数々の自作を発表し、79年にこの世を去った。

「瀧口修造 書くことと描くこと」の展示風景(4階)

 1920年代に詩作を始め、戦前・戦後を通じて美術への思索と執筆を重ねた瀧口の歩みは、まさに「書く」営みに貫かれていた。その瀧口が60年頃から本格的に試み始めたのが、自ら「デッサン」と称した造形作品の制作だ。本展は、「書く」ことを通じて世界と対峙してきた瀧口にとって、「描く」とはいかなる行為だったのかという問いに焦点を当てる。詩作から批評、展覧会企画、作家との交流まで、その活動の全体像を視野に収めながら、多様な実験的技法による自作と、パウル・クレー(1879〜1940)やマルセル・デュシャン(1887〜1968)、ジョアン・ミロ(1893〜1983)ら関連作家の作品をあわせた約140点が一堂に会する。

編集部

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