
ハサミと糊を手に、フォトモンタージュによって既存の女性像を解体し続けてきたリンダー・スターリング。その作品制作は社会の規範を書き換えるための実践でもあった。日本での初個展「LINDER:GODDESS OF THE MIND」(シャネル・ネクサス・ホール)の開催にあわせて来日した作家に、50年超にわたる活動を振り返りながら、フェミニズム、パンク、そしてAI時代のイメージなどについて聞いた。
[編集部より]本稿には、性暴力および暴力的な体験に関する言及が含まれています。フラッシュバック等の恐れがある方や、心身の調子が優れない方は、閲覧を控えるか、ご注意のうえお読みください。
被写体となる女性がどう撮影され、メディアで発表されるのか納得している状態が理想
──リンダーさんは1970年代パンクシーンで活動を始めました。16歳で第二波フェミニズムに出会い、考え方が組み変わったということですが、当時の状況を教えていただけますか。内覧会では、「若い女性だったときには自尊心がなかった」と話していましたね。
リンダー・スターリング(以下、リンダー ) 私は16歳のときに第二波フェミニズムの初期の文献を読み始めたのですが、それはすごくラッキーでした。すべての言葉を完全に理解できたとは到底言えないのですが、「これから自分たちの人生が良い方向に変わるかもしれない」という可能性に興奮したことをずっと覚えています。
いまは様々な国で極右政党が台頭し、なかには女性を家庭に縛り付け、ただ子供を産むためだけの存在にしようとする動きもありますよね。女性の歴史というのは、長いトンネルをずっと進んでいるような状況だと思います。この50年のあいだに、女性が置かれている立場や状況は良い方向に変化したところもありますが、ひとつ前進すると、それに対してバックラッシュが起こる。それが繰り返されてきた事実を私たちは認識する必要があるし、まだ戦いは終わっていないのが現状だと思います。

──ポルノ雑誌の女性たちを切り抜いてフォトモンタージュを生み出した初期の作品からは、主体的な意志や個人のパワーを取り戻すという意図を感じます。「彼女たちを安心、安全な場所に置く」とも以前話していましたが、主に男性の欲望を投影した女性像を解体し、再構築した作品は、どのような背景から生まれたのでしょうか。
リンダー 主体性という話はすごく重要ですね。私は女性の表象のされ方に非常に興味があったので、『VOGUE』や『ELLE』のようなファッション誌のほかに、ポルノ雑誌の女性像にも目を向ける必要があると感じていました。もっとも理想的なのは、被写体となる女性が、自分のイメージがどう撮影され、メディアで発表されるのか納得している状態ですよね。撮影の日だけでなく、その日に臨むまでにもしっかり考える時間が必要です。

自分が作品素材として使っている1970〜90年代のポルノ雑誌に関して言うと、被写体の女性たちとのあいだにどういったコンセンサスがあったのかが定かではなく、そのことがとても心苦しいです。私自身はアーティストとして、作品のなかで状況を変容させる力を持っています。例えばバラの花びらを別の雑誌から切り取り、ポルノ雑誌の女性のうえに置くだけで、彼女の見え方が劇的に変化することもある。そういう魔法のような奇跡を起こせることが時々あって、その瞬間を信じてやっています。
アーティスト名として使っている「Linder」というスペルは中性的な名前なんですよね(本名はLinda)。ポルノ雑誌を使ってコラージュ作品をつくっているからか、当時は男性の作家だと思われることが多くありました。そこにもポルノを見るのは男性に決まっているという偏見があったからだと思うのですが。

「刃物」の持つ力を探求してきた50年
──展覧会では50年超にわたって制作されてきた作品が一堂に会しています。リンダーさんが影響を受けた1970年代のパンクシーンの後には1980年代にヤッピー文化が台頭し、パンクは長続きしなかったと言います。近年では#MeToo運動や、トランスジェンダーの人たちの権利など、女性やマイノリティの人々の存在が可視化されると同時に、バックラッシュも加速しています。リンダーさんは自身のアイデンティティをどのように培い、自由を探究してきましたか。
リンダー 私が第二波フェミニズムに出会ったのとちょうど同じ頃に、パンクムーブメントが起こりました。パンクというのはかわいらしく振る舞ったり、きれいに見せたりすることとは無縁というか正反対のカルチャー。あえて醜く、魅力的に見えないスタイルをよしとすることで、既成概念を壊して変えていく精神があるんですよね。
パンクのファッションで街を歩いていると、すれ違う人が本当に口をあんぐり開けて「なんだあれは?」という顔でこちらを見るんです。それだけではなく、一見普通に見える人が、唾を吐いたり罵倒したりします。その視線を浴び続けることはやはり楽ではなくて、振り返ってみてもかなり勇気のいる行為でした。でも同時に、あのファッションに身を包み、道を歩いていたとき、自分がすごく強くなったような、なんでもできるような気持ちにもなったんです。それはある種の「スーパーパワー」のようなもので、周りの空気を一変させてしまうほどの衝撃を、こうやって人々に与えることができるのだという気づきでもありました。

──ファッションで風景を解体していくパンクの価値観は、ハサミを使ったフォトモンタージュで既存のありようを再定義するような、リンダーさんの作風にもつながっているのでしょうか。
リンダー その通りだと思います。子供の頃から絵を描くことが好きだったので、ずっと絵具や鉛筆、クレヨンを使って制作していました。あるときそれを全部やめようと思って、机の上を片付けてハサミと糊だけを持ってみたら、そのミニマルさにとても心が踊りました。そこから約50年この方法を続けるなかで、「刃物」の持つ力を探求してきたところがあると感じています。
若い頃、喉元に刃物を当てられて性被害に遭いかけるという非常に暴力的な経験をしました。いま振り返ると、主体的かつ創造的に自分で刃物を持ち替えることによって、そのショックやトラウマを捉え直すことに結びついたのだと思います。
──リンダーさんの作品には、「切り裂く」ことによる破壊や挑発のプロセスもありますが、同時に外科医のように傷ついたものを修復し、癒すような感覚もあると感じます。
リンダー 自分のような女性をはじめ、あらゆる個人に対する他者の期待の視線や「こうあるべき」という規範を切り裂きたいですね。あとは、写真に映り込んでいるもののなかから、手放したいものや執着を取り除きたいと思っています。いまは「これを食べろ」「あれを買え」「これをやりなさい」と、過剰に手に入れることを求められますが、なかには不要なものもたくさんあると感じるので。
──近年はデジタルイメージが加速度的に氾濫していて、AIの台頭も顕著です。人が刺激的なイメージに慣れていくなかで、日常の認識をずらせるイメージは今後どのようなものになっていくのだろうと考えます。
リンダー 私がポルノ雑誌を切り取っていた頃は、物理的に手に取れる印刷物の紙媒体がほとんどだったんですよね。でもいまはポルノもオンライン上のデジタルデータになってしまい、掴みどころがないように感じます。紙媒体は入手することも検証することも比較的簡単でしたが、いまはすべてを追いかけることは難しい。
「少ないことは、より豊かなこと」だと知ることが大切であり、少なさによって、より多くの意味を力強く人に伝えることができると思います。ハサミと糊だけ手にした創作の修練は、自分にとっても大事なことです。
「私の作品はもう必要ない」と言えるのが理想
──これからの50年についてもうかがってみたいです。内覧会のときに、「50年後に自分は生きていないけれど、どんなふうに作品が観られるか楽しみ」といった話をされていました。
リンダー 作品をつくり始めた頃は、自分の作品がどんな意義を持つものなのかもわからないまま、無我夢中で向き合っていました。その後、多くの方に観ていただけていることはとてもうれしいことなのですが、同時に、私の作品がいまもなお意義を持ち続けてしまっていることは悲しいことだとも感じます。社会が変わったのだから、「私の作品はもう必要ない」と言えるのが理想です。私は自分の作品が「時代遅れのもの」「時代にそぐわないもの」であってほしいと本当に願っています。いっぽうで、ものごとの変化のためには長い道のりが必要であると認識することも大切です。それは小さくても変化を起こし、声を上げることであり、忍耐強く、地道に取り組むことでもあります。
子供たちがパンくずを落として、小さな道しるべをつくるおとぎ話がありますよね。私たちもそんなふうに、「パンくずの道」を残していけたらいいなと思うんです。そうすれば、将来誰かが、映画や音楽、アートのなかに小さな足跡を見つけ出し、その道をたどってくれるかもしれません。とても繊細なものかもしれませんが、それでも私たちは何かを残していかなければならないのです。

──いまは、世界的にも分断や排除、戦争の気配が至るところに色濃く漂っています。リンダーさんの作品からは、強烈な批評性がありながらユーモアとエネルギーを受け取りますが、悲観的な状況でもユーモアを大切にする理由を教えてください。
リンダー 私が生まれたリヴァプールは、第二次世界大戦中に爆撃の対象となった土地でした。自分は1954年にその戦禍の後に生まれついたんですよね。いま思えば無邪気すぎたとも感じますが、幼少期は戦争の存在を身近に思いながらも、おそらく私が生きているあいだにこのような戦争はもう起こらないだろうと考えていました。だからこそ、いままた戦争の脅威が様々な場所に迫っていることに胸が痛みます。けれど同時に、不安に自分を占拠させないよう、コントロールする方法を見つける必要もあると思います。不安というものは寄生虫のように自分の精神を蝕んでいき、伝播していくものだから。
──不安に飲み込まれないために、どのような方法が有効だと思いますか?
リンダー ひとつには、「いまこの瞬間」を大切にすること、セルフケアについて考えることが重要です。自分自身がなんらかのかたちで弱ってしまっていては、他者を助けることはできませんから。自分を満たした先に、他者がどのようなケアを必要としているのかに思いを馳せることができるのではないでしょうか。
ローカルとグローバルの両方の視点を持つことも大切だと思います。友人や家族といった身近な関係のなかで手を差し伸べながらも、それだけが世界のすべてだと思わないこと。広い世界が私たちに見せてくれる美しさや強さ、知識を得るための機会に対して、外に出て、心を磨くことが必要だと思います。マイノリティである人々を含む、そうして出会った様々な他者の声に耳を傾け、ともに生きていくべきです。
コロナ禍でのロックダウン以降、多くの人が以前より部屋にこもりがちになっていますよね。一日中パソコンやスマホを眺めて、あらゆる情報をスクリーン越しに得ることにからだが慣れてしまっている。画面を見るのをやめてもう一度外に出ること。声を上げること。人前で自分の姿を見せること。そういったことが本当に重要だと私は思います。パンクファッションのように、「着るべきではない」とされる服をあえて着ることも、政治的な行為になり得ると思います。

──ファッションの話がありましたが、日本においては女性が年齢を重ねていくことに対して容姿に厳しい視線が向けられると感じています。リンダーさんは、外側からの視線に対して、どのように主体的に年齢を重ねていけると考えていますか。
リンダー 言いたいことはたくさんあるのですが……。まず前提として、「年をとる」と聞くと、年寄りばかりを想像しますが、3歳の人も年をとるわけです。私がいま身につけているスカーフをつくってくれた友人は40歳で亡くなり、それ以上年をとることはできなかった。年をとれることはすごくありがたく、豊かなことです。
女性の加齢に対する視線はイギリスも同様の状況で、例えば8歳の子供たちのあいだにも、ファンデーションをしっかり塗って登校し、それを落とさなければならなくなると泣き出してしまうような状況も生まれています。ソーシャルメディアの影響が子供たちの頭のなかにまで入り込んでいて、社会全体が「完璧さ」に取り憑かれ、「不完全であること」を恐れていると感じます。女性は9歳であっても19歳であっても90歳であっても、何を着てどうふるまうのかが常に厳しく見られ、周りが評価していいと思われがちです。けれど実際には、個人がどうふるまうか、何を着るか、その人の勝手であり、本人がやりたいことをやるべきですよね。
このインタビューでは「パンク」という要素が折に触れて話題にのぼっていました。ある程度の年齢を重ねたいまこそ、私たちはこういった姿勢を取り入れるべきなのかもしれません。「他人が自分をどう思い、どう言おうと気にしない。自分の服や行動が深い喜びをもたらしてくれるなら、それこそがなによりも重要なことなのだ」と。






