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「瀧口修造 書くことと描くこと」(アーティゾン美術館)開幕レポート。批評と創作を往還した思索の軌跡に迫る【3/3ページ】

瀧口による「描くこと」の実践

 続く4階では、本展のもうひとつの核である「描くこと」に焦点を当て、1960年代以降に制作された瀧口の「デッサン」の数々が並ぶ。

4階の展示風景
瀧口による「デッサン」の数々

 1959年頃、自身で作成した年譜のなかで瀧口は、他者の作品を批評することへの疑問を抱き始めたと記していた。この心境の変化の背景にあったとされるのが、1940年代半ばから50年代にかけてフランスを中心に展開された前衛芸術運動「アンフォルメル」との接触だ。さらに、1958年の初渡欧でブルトンやアンリ・ミショー(1899〜1984)らフランスの詩人、そしてデュシャンらと交流したことも、言葉では到達できない「創作の真髄」を意識させる契機になったと本展では分析されている。

左から、瀧口修造《無題》(1966)、《無題》(1965)

 瀧口は自身の取り組みを「デッサン」と称しているものの、具体的なモチーフを描いているわけではない。ただ自らの手の動きに身を任せ、何とも言い表すことのできない線を引く。その行為を通じて、理論を超えた「根源的な創作の動機」に自らが触れることで、既存の批評のあり方を解体する意識が瀧口のなかに芽生えていった。

《ミロの星とともに》(詩:瀧口修造 / リトグラフ:ジョアン・ミロ、1978)。1960年以降、批評の執筆を控えていた瀧口であったが、特定の作家に対しては言葉を贈り物のように捧げていた
『マルセル・デュシャン語録』(1968)

 このフロアでは、瀧口による描くことの実践と、交流のあった作家たちの作品があわせて展示されている。瀧口が「書く」ことから「描く」ことへとシフトした動機や、その変遷のきっかけを照らし合わせながら紐解ける構成となっている。

 いっぽうで、本展が提示する重要な視点は、瀧口の歩みがたんに「描く」という行為に到達して終わったわけではない、という点だ。「書く」ことの限界を知ったからこそ自ら手を動かし、そこで得た「身体的な実感」を、再び批評という「書く」行為へと還元していった。瀧口が試みたのは、批評と創作を往還させることで、芸術に新たな解釈の可能性を切り開くことだったのではないか。

 本展は、瀧口修造が生涯をかけて挑み続けた思索の旅路を、同館の充実したコレクションとともに目撃できる貴重な機会となっている。

編集部

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