
クリムトとウィーン分離派。「新しい芸術」を目指した「戦い」の軌跡をたどる
グスタフ・クリムトが「分離派」を結成した1897年。それはクリムトが「クリムト」となる道の始まりだった。絢爛たる「黄金様式」や私生活における女性たちとのエピソードから、クリムトには華やかなイメージがある。しかし、「自分ならではの様式」を求めていく道は、同時に保守的なウィーン美術界との「戦い」の道でもあった。本稿では、クリムトのキャリアのうち「ウィーン分離派」時代に焦点を当て、「クリムト展」そして「ウィーン・モダン」展の展示作品とともに、彼の「戦い」の軌跡をたどる。


















