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2019.7.21

SNS時代の美術館マーケティングはどうあるべきか? 森美術館広報・洞田貫晋一朗に聞く

2019年6月、興味深い書籍が刊行された。『シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略』(翔泳社)は、SNS全盛の現代における美術館のデジタルマーケティング戦略を説くものだ。同書を執筆した森美術館広報・プロモーション担当の洞田貫晋一朗に、本書執筆の背景や、これからの美術館SNS戦略のあるべき姿について話を聞いた。

文=橋爪勇介

森美術館内観(センターアトリウム) 画像提供=森美術館
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交通広告には頼らない

 森美術館13.5万人、国立新美術館5万人、東京国立博物館1.6万人。これは入場者数ではない。各館のInstagramフォロワーの数だ。現在、森美術館が日本でもっとも多くのInstagramフォロワーを有する美術館であることはご存知だろうか。

 2010年にローンチされた写真共有サービス・Instagramは、2019年6月7日に国内月間アクティブアカウント数が3300万を突破。グローバルでは18年6月時点で10億ユーザーとなっている。森美術館がこのInstagramを始めたのは2015年9月のこと。当時、日本の美術館で同サービスを利用している館はほとんどなく、先駆的なアカウントのひとつだった。そしてそのフォロワーは伸び続け、いまや美術館では日本最大のアカウントとなっている。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Mori Art Museum 森美術館さん(@moriartmuseum)がシェアした投稿 -

 このInstagramをはじめ、TwitterやFacebookなど、森美術館の公式SNSの「中の人」を務めるのが、同館広報・プロモーション担当の洞田貫晋一朗(どうだぬき・しんいちろう)だ。洞田貫は2006年森ビルに入社。森アーツセンターギャラリーおよび六本木ヒルズ展望台東京シティービューの企画・運営・広報などを経て、15年から現職を務めている。

洞田貫晋一朗

 そんな洞田貫が所属する森美術館のプロモーション戦略はユニークだ。

 日本の美術館では、(森美術館と同程度の大規模展覧会であれば)駅などで見かける交通広告に出稿する慣習が根強い。しかし、森美術館ではほとんど交通広告を出さないという。

 「交通広告はかなり高額で、1週間や2週間などの単位でしか掲出できません。しかも誰が見たのかという分析もできない。(広告に)たまたま出会った人しか情報を得ることができないし、出会ってもそのうち何人が当館に来てきてくれるのかはわからない。これでは砂漠に水を撒くような感じですよね。そうした費用対効果を考えた場合、SNSのほうが確実です」。

森美術館外観(ミュージアムコーン) 画像提供=森美術館

 交通広告よりもSNS──もちろんこれは、森美術館が現代美術に特化した美術館であり、来館者層の大半を20〜40代が占めるという特性とも強く関係している。いまや電車でも目線の先にはつねにスマートフォンがあり、プロモーションはそこに向けて出すというのは、至極まっとうな考えだ。

 展覧会では毎回数十万人という入場者数を記録する同館。しかし、その数字は容易に達成できるわけではなく、「掘り起こし」の苦労があるという。

 「森美術館のファンの方々は、自分から情報を取りきてくれます。でもその情報にたどり着けず、なおかつ『その情報があったら来ていたのに』という層へとアプローチしていかないといけない。SNSの画像を見て『いいね』を押すのは簡単ですよね。でも自分のスケジュールを空けて、交通費を払って、入り口でチケット払って、入場する。そこまでエンゲージメントしてもらうのはとても大変なんです」。

来館者も「メディア」のひとつ

 例えばInstagramで「#森美術館」と検索してほしい。そうすると、開催中の「塩田千春展」も含め、膨大な数の写真がアップされているのがわかる。これは森美術館が展覧会での撮影をできるかぎり可能にするよう努めているからだ。この「撮影可能」とする施策は、同館の来館者増と密接につながっている。

Instagramで「#森美術館」と検索した結果

 「当館では展覧会会期前にキービジュアルをひたすらにSNSに投稿します。そういう事前情報を興味の有無関係なしに、一度インプットしてもらう。そして2度目の情報は友達や家族からの投稿です。例えば友達などが(塩田千春展の)赤い糸の中で写真を撮って投稿をしたとき、『あ、1回見たあれだ!』と頭の中でリンクする。そうすると来館につながりやすくなります」。

 つまり、来館者をひとつのメディアとしてとらえているということになる。洞田貫はこう続ける。

 「『楽しんでいる』という情報を自由に発信してもらって、いろんな人に行き渡れば、公式よりも説得力がある発信になります。投稿を見て来館される方は、(一度SNSで見ているから)どのような展覧会なのかイメージできますし、自分も投稿したくなるかもしれません。公式から情報をUPしていくことが重要なのはもちろんですが、一般来館者が撮影できるということも重要。そして来館者が撮影・投稿しやすい環境を整えておくことも重要です」。

 森美術館では、アーティストとの出展契約のプロセスのなかに、撮影についての許可を得ることも含めているという。館長をはじめ、キュレーター、広報、運営を含めた館全体が同じ方向を向いている。

森美術館外観(ミュージアムコーン) 画像提供=森美術館

美術館をからっぽにした「#empty」

 この撮影可能という条件を最大限に活かしたイベントが、2017年に初めて行われたソーシャル・イベント「#emptyMoriArtMuseum」だ。

 そもそも「#empty」は、2013年にニューヨークのメトロポリタン美術館で初めて公式に開催されたInstagramを使ったイベント。閉館後の美術館に複数のインスタグラマーを招き、展示風景を撮影・シェアしてもらうというものだ。日本では森美術館が初めてのケースで、当時は19名のインスタグラマーが「N・S・ハルシャ展」を楽しんだ

 「『森美術館は写真撮影できるんです』という体制を示すとともに、SNSのひとつの受け皿になっているということをアピールしたかったんです。そこで日本でもやってみようとなりました。3回の開催を経て、当館が『#emptyができる美術館』だということを示せた。象徴的なイベントだったと思います」。

N・S・ハルシャ《空を見つめる人びと》(2010/2017年)の写真を撮る「#emptyMoriArtMuseum」の参加者たち

特設アカウントはもったいない

 「#empty」などの取り組みをはじめ、着実に美術館そのもののフォロワーを増やしてきた森美術館。同館のアカウントについて特筆すべき点はまだある。それは、「展覧会ごとのアカウントはつくらない」ということだ。

 冒頭の交通広告と同じく、大型展(いわゆる「ブロックバスター」)では、展覧会ごとにアカウントをつくるという慣習がある。しかしこれは、すでにある開催館のアカウントと、そのフォロワーをみすみす捨ててしまうようなものだ。

 「みんながせっかくフォローしてくれても、展覧会が終わればそれは『死にアカウント』になっていく。やり方としてはあんまりポジティブには感じないですね。最初の頃は(特設アカウントをつくることで)Twitterの検索上位に表示されたことが理由だったんだと思います。しかしそれはプロフィール欄にきちんと展覧会名とハッシュタグを入れることで対応できる。そうした工夫をすれば、すでにある美術館のアカウントでも十分に運用できます」。

洞田貫晋一朗

 こうしたブロックバスターの特設アカウントは、展覧会の主催にメディアが入る(いわゆる「共催展」)という独特の運営体制が背景にある。しかし、それで美術館にファンは付くだろうか?

 「大型の美術展は、広報・プロモーションを主催メディアに頼っている部分が大きいのだと思います。企画展のアカウントがあってもいいとは思いますが、そのファンも自分の館のファンになってくれるような仕組みづくりをして、ちゃんと運用していくのがあるべき姿だと思いますね」。

 日本では、美術館に専属の広報担当者がいない(兼務)、あるいは常勤ではないという館も多い。このような構造的問題も、特設アカウントという特殊な仕組みと紐付けて考えられる。

 「広報・プロモーションの責任者がいるほうが効果が高いのは事実です。各館にはそれぞれの状況があることは承知です。しかしSNSは比較的簡単にできるツールですよね。本当に些細なことでもいいから、とにかく引っ掛かりがないと来館のきっかけにならない。そのための作戦として、まずはネット上に情報をポツポツ置いていくことから始めないといけません。電車ではいまみんながひたすら画面だけを見ている。その画面に情報を載せる必要は確実にあります」。

キーワードは「ターゲット・コンシャス」

 美術館のSNS運用で一歩先を行くのは、海外の美術館だ。Instagramを例に取ると、フォロワー数だけでもニューヨーク近代美術館(460万人)メトロポリタン美術館(320万人)、ルーヴル美術館(310万人)と桁違いの数字が並ぶ。しかしこれらを真似するようなことはないと洞田貫は語る。

 「最初は海外の美術館を見ていたのですが、規模が違いすぎて参考にするのをやめました(笑)。例えばメトロポリタン美術館では『メットガラ』の日に7万人以上もフォロワーが増える日があったりするんですよ。すさまじいですよね。こういうのを見ていると、規模が違いすぎて参考にするわけにはいかないなと。だから我々は独自の、いまのうちのファンになってくれる人やその可能性のある人に向けて、ターゲット・コンシャスで発信していく。それに徹したほうがいいかなと思ってますね」

 「ターゲット・コンシャス」、これは簡単なようで非常に難しい。多数のフォロワーを抱えるSNSアカウントでは、その先にいる人々の顔を具体的に思い浮かべてアクションすることは容易ではない。

 「想像力を張り巡らすしかありません。自分で感知している範囲では、1個か2個くらいしかクラスタが思いつきませんが、本当は計り知れないクラスタがブドウの実のようにたくさん重なり合いながら存在している。そのことをひたすら頭の中で想像していくしかないんですよ。『建築の日本展』であれば、建築系の大学生、現場の大工さん、木材や林業の関係者......そういう人たちを大きい丸から小さい丸までひたすら頭の中で図式化していく。そうしてイメージした人たちに情報を届けるということです」。

洞田貫晋一朗

 こうした「ターゲット・コンシャス」は、永続的にファンを増やすためにも必須だ。SNSユーザーの動向は流動的であり、「来館者」を一括りで考えてしまえば、いつの間には取り残されてしまう。

 「当館は20〜40代がコア層なので、その人たちが30〜50代になってもファンでいてくれる施策を続けていければキープはできます。しかし、もしそれより下の世代が来なくなると、そこで来館者はプッツリと切れてしまうわけです。その人たちをどう取り込むかを、ちゃんとリサーチしながら手を打っていかなければいけなません。これはアクティブシニアがメイン層の美術館・博物館にとっても言えることだと思います」。

 SNSはあくまで民間のウェブサービスであり、永遠ではない。それは誰しもが意識的にしろ無意識的にしろ理解していることだろう。InstagramやTwitterのその先に何があり、どう動けるのか? これはSNSが欠かせないメディアにとっても意識しなければいけない問題だ。

 「SNS以外の新しい情報サービスやプラットフォームが出てくるかもしれないし、SNSの担当者としては、そういったことにはかなり敏感に考えておくべきです。次の世代をどうやって取り込むかに最適解はありませんが、それはマーケティング部門だけの課題ではなく、ラーニングなどの草の根的な普及活動も含め、美術館全体でアグレッシブに向かっていかないといけませんね」。