「ひかりの世界」を描き続ける。GOMAが語った音楽と絵画が導く「2度目の人生」

2009年の交通事故をきっかけに高次脳機能障害を発症し、それまで描いたことのなかった点描画を描き始めたGOMA。彼が描き続けているのは、意識を失うたびに目にするという「ひかりの世界」だ。7月3日から東京・北青山のゴールドウイン本社で開催中の個展「ひかりの世界 ―変わる世界、変わらないひかり―」にて、創作の原点や音楽との関係、そして作品に込めている思いについて話を聞いた。

聞き手・文:浦島茂世

GOMA、ゴールドウイン本社で開催中の個展「ひかりの世界 ―変わる世界、変わらないひかり―」にて 撮影:菅野恒平

 オーストラリア先住民アボリジナルの伝統楽器「ディジュリドゥ」の奏者として、国内外で広く活動していたアーティスト・GOMA。しかし2009年の交通事故によって、すべての活動休止を余儀なくされた。過去の記憶を失い、新しいことを憶えられなくなる高次脳機能障害に悩まされるなか、GOMAは事故の2日後から突然点描画を描き始める。彼が描くのは、意識を失うたびに脳裏に焼き付いた「ひかり」の姿だった。描き出された「ひかりの世界」は、国境や人種、宗教を超えて多くの人々の魂を揺さぶり続けている。

  7月28日まで、東京・北青山のゴールドウイン本社1階のイベントスペースにて、GOMAの個展「ひかりの世界 ―変わる世界、変わらないひかり―」が開催されている。音楽に加え、新たな表現手段を得たGOMAに、これまでの活動と、個展の展望について話を聞いた。

意識の最果てから持ち帰る、人類共通の「ひかりの記憶」

──GOMAさんが描く「ひかりの世界」は、事故後、意識を失った際に見えるものだそうですね。

GOMA 交通事故の後遺症で、突然意識を失うことが数え切れないくらいありました。最初はただつらく、恐ろしい体験だったのですが、意識を失うことを繰り返していくうちに「目を覚ますといつも同じ景色が脳裏に焼き付いてくる」ことに気がつきました。

インタビューに答えるGOMA 撮影:菅野恒平

 自分はその景色を「ひかりの世界」と呼んでいます。旅行に行ったときの景色を後から思い出すように、自分は「ひかりの世界」の景色を思い出し、そして描いています。倒れるたびにひかりの世界に行って、いろいろ見てまわっているものですから、どんどん解像度が上がって、この頃は「ひかりの世界」をより細かく描けるようになっていきました。

──白い光を中心としたものから、色彩豊かなもの、円状あるいは波状の文様があるものと、GOMAさんの作品には様々なバリエーションがありますが、これもすべて見てきた景色なのでしょうか?

GOMA 「ひかりの世界」には奥行きと階層があります。いま、私たちがいる現実世界ともっとも離れているところは、白い発光体に包まれた、光だけの空間です。「最果てのひかり」というシリーズがこの場所を描いたものです。絵では白一色で表現にしていますが、僕が見えているのはもっとキラキラと輝いていく世界です。その「最果てのひかり」から現実世界に近づくにつれ、少しずつ視界に色がついてきます。淡いパステルカラーの世界から、だんだんと濃い原色のあるグラデーションの世界になっていく。

 先日小さなお子さんが展覧会に来ていて、「最果てのひかり」の絵の前で立ち止まって「私、これ知ってる」って。不思議なことなんですが、こう言ってくださる方って、たまにいらっしゃるんです。また、僕と同じように病気や事故で意識を失って戻ってきた世界中の人たちが、国籍や宗教が違っても、同じようなひかりの景色を見たと証言しています。

「最果てのひかり」を描くGOMAの絵画。手前の作品は《ひかり》(2025) 撮影:菅野恒平

 そうしたことから、人間っていうものはみんな同じところから来て、同じところに帰っていくんじゃないかな?と思うようになりました。自分が描いているのは、個人の記憶でしかないんですが、じつは人類みんなの記憶やDNAのなかにすでにインプットされている、共通の原風景なのかもしれないと。

 ただ、意識を失うということは、健康面から見たら非常に怖い症状ですよね。年齢を重ね、後遺症の恐怖と隣り合わせのなかで、この状態を繰り返せるのか? 自分の命が尽きるまでにあと何枚この景色を描けるのか? と自問自答しながら毎日キャンパスに向かっています。自分が見てきた世界を、可能な限り後世に残していきたいです。

変わる世界と変わらないひかり

──GOMAさんの作品は当初、娘さんの絵具で描いていたと伺っています。その後、画材や制作のプロセスがどのように変化していったのか教えてください。

GOMA 絵を描き始めたのは交通事故から2日後のこと、当時の記憶は自分にはないんですが、聞いたところによると、そばにあった娘の絵具を借りて、突然絵を描き始めたそうです。それまでの人生で、絵なんてまったく描いたことはなかったんですよ。描き続けているうちに、作品がどんどん溜まっていきました。

 当初は人に見せるつもりはまったくなく、ただ内側から湧き上がる衝動に突き動かされただけだったのですが、絵を見てくれた友人や知人たちから「みんなに見せたほうがいい」と助言をいただきまして、少しずつ公開するようになりました。また、僕の画法だと、水彩絵具は乾燥したときにひび割れてしまうからアクリル絵の具のほうが適している、と友人たちからアドバイスをいただきまして。以降、いろいろな画材を試し、いまはアクリルガッシュに落ち着いています。

アクリルガッシュを使って緻密に描かれたGOMAの作品 撮影:菅野恒平

──GOMAさんの作品には2メートル近い大作もあります。緻密な点描で画面を埋め尽くすには途方もない作業だと思いますが、ひとつの作品を仕上げるのにどれくらいの時間がかかるのでしょうか?

GOMA 大きなものになると、完成までに毎日描いても1ヶ月くらいかかりますね。点描は水分量の調整がとても重要で、水分が多すぎると流れてしまいますし、少なすぎるとかたちが崩れてしまう。だからキャンバスを壁に立てかけたり、イーゼルに載せて描くことができません。大きなキャンバスを床に直接敷いて、その上に乗って四つん這いになって描いています。ずっと下を向いて作業するので体力が必要で、絵を描くというよりもアスリート的な感覚に近いです。一つひとつの丸のかたちや、乾いたときの盛り上がり方を気にしながら、丁寧にキャンバスの上に置いていくイメージです。自分の脳裏に浮かんでいる記憶の景色を引っ張り出して描き留めているので、ひとつの景色を完全に描き終わるまで次に進めません、つまり、複数の作品を同時並行で制作することができないんです。

「ひかりの世界 ―変わる世界、変わらないひかり―」展の展示風景 写真提供:ゴールドウイン

──その果てしない作業の「描き終わり」を、GOMAさんはどのように見極め、「完成した」としているのでしょうか?

GOMA まずひとつは、キャンバスの余白がすべて点で埋まること。そしてもうひとつ、一番重要なのが「描いた絵が発光するかどうか」です。制作も後半に差し掛かってくると、絵からひかりのエネルギーがバッと出て、自ら発光してくる感覚があるんです。キャンバスから離れて遠くから見たときもきちんと光っている。そこが完成を見極める点です。

 事故に遭う前からの古い知り合いは、僕の出すディジュリドゥの音と、絵から放たれるひかりのエネルギーに近しいものを感じると言ってくれることが多いですね。

「2回目の人生」を導いた、ゴールドウイン・渡辺社長との絆

──今回の展覧会は、美術館ではなくゴールドウイン本社のイベントスペースで開催されています。

GOMA ゴールドウイン社の現在の代表取締役の渡辺貴生さんは、僕が事故に遭う前、ディジュリドゥの演奏だけで生きてきた頃からずっと活動を応援してくれた方です。事故後、僕は仕事ができる状態ではなく、当時は記憶障害や麻痺も残っていて途方に暮れていたのです。そんなとき、渡辺さんから「再出発の準備が整うまで、うちで働いてみないか」と声をかけてもらい、社会復帰を支えてくれました。自分の「2回目の人生」は渡辺さんなしでは語れないんです。まさか、その後に社長なるとは。それもあって、じつはここ十数年、ゴールドウインの服しか着ていないんですよ(笑)。

7月2日のオープニングレセプションで開催された、GOMAによるディジュリドゥのライブ演奏の様子 撮影:菅野恒平

 そんなゴールドウインのイベントスペースで、こうして展覧会ができることを本当にうれしく思っています。しかも、東京のど真ん中という、様々な人が行き交う場所で自分の作品を届けられるのは、とてもありがたいことです。ゴールドウインは「人と自然との可能性を広げる」というパーパスを掲げているのですが、自然のなかで感じている生命のエネルギーや、キャンバスに表現しているひかりの世界の根源的な力と、ブランドの哲学が非常に深く共通していると感じています。

──今回の「ひかりの世界 ―変わる世界、変わらないひかり―」展は、どのような展示でしょうか。

GOMA  今回の展示は、ゴールドウインのみなさんとの対話を重ねながらつくり上げた、この場所ならではの特別な展示です。“見えない細部に宿る精神を大切にする”というゴールドウインの「Dedication to Detail」の考え方に共感し、美術館と変わらないほど作品の世界に浸っていただける空間を目指しました。照明やスピーカーもこの展示に合わせて入れ替え、深く没入できる環境を整えています。

 目玉のひとつは、会場のいちばん奥に設けた「瞑想ルーム」です。ルームに入ると、200インチの巨大なスクリーンに僕が描いた「ひかりの世界」の映像が流れていて、僕自身が演奏したディジュリドゥの音が響いています。さらに、今回のためにつくったオリジナルアロマの香りも漂い、視覚だけでなく聴覚や嗅覚など五感を通して、癒しを感じられるような演出になっています。以前、別の美術館で瞑想ルームを設けた際には、何時間もその場で過ごされたお客様もいらっしゃいました。今回も、ゆっくりと心と身体を休めてもらえる空間になればと思っています。また、僕の絵を落とし込んだテキスタイル作品も展示しました。天井から何枚もの布を吊るし、絵の世界が空間いっぱいに広がるような演出になっています。キャンバスとはまた違う、布ならではの質感や表情、そのダイナミックな広がりにも注目していただけたらうれしいです。

会場内に設けた「瞑想ルーム」の様子 写真提供:ゴールドウイン

 これまでの自分は2009年に起きた交通事故を境に「36歳までの音楽のある人生」と「36歳からのアートのある人生」がはっきり分断されていました。でも、絵を描き続けて十数年が経ち、ようやくこの分断が解消され、溶け合ってきたような気がします。最近は、自分の絵を飾った空間のなかで演奏するインスタレーション形式のライブが、自分としてはしっくりきています。

 今回の展覧会を記念して、数量限定のアートブックも制作しました。作品をじっくり楽しんでいただけるだけでなく、クリアシートで表現した「ひかり」のページを別の作品に重ねることで、違う表情が現れるような遊び心のある仕掛けも入れています。とはいえ、原画ならではのひかりやエネルギーは、ぜひ会場で体感していただきたいです。PCやスマートフォンからの見え方も異なるので、この記事を読んでいる方にもぜひ一度実際の作品を見てもらいたいです。

数量限定のアートブックや本展オリジナルのルームスプレーが購入できるコーナー 写真提供:ゴールドウイン

──最後に、この記事の読者や展覧会を訪れる方に向けて、メッセージをお願いします。

GOMA いちばんは、会場に来て「癒されて帰ってほしい」ということです。人間、生きていれば、明日何が起こるかわかりません。自分自身、ある日突然すべてを失ってしまいました。でも、失ったものや、マイナスなことばかり考えていると人生は暗い方向に寄っていってしまいます。どんなに過酷な状況でも、前を向いてチャレンジして、感情をポジティブなエネルギーに変換させる。これを意識していると、だんだん光が差す方向がわかってきてます。僕にとってそれは絵を描くことでした。死と隣り合わせの過酷な体験も、作品が完成して展示された瞬間に、すべてがポジティブなものに変換され、生きてきた時間が肯定されるような気がするんです。

 激しく変化し続ける世界のなかでも、人の心の奥底にある大切な感覚や原風景は変わらずに存在しています。今回の展示を通じて、作品を見るだけでなく、皆さんの内側にある「静かなひかり」や、新しい感覚に出会う時間を過ごしてもらえたら嬉しいです。

7月2日、山口博之(左)をゲストに迎えて行われたトークイベントの様子 撮影:菅野恒平

編集部

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