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物流は「舞台裏」ではなくなった。輸送費高騰と地政学リスクは、アート市場をどう変えるのか?【5/5ページ】

アート市場は「地域化」するのか

 では、地政学的な分断と物流コストの上昇は、グローバル化を続けてきたアート市場を「地域化」へと向かわせるのだろうか。

 アジは、「地政学的・経済的な摩擦は、たとえ一時的であったとしても、つねに地域化を加速させる要因となってきました」と話す。実際、アジアでは香港、ソウル、東京、シンガポール、台北、そして東南アジアの新たな拠点のあいだで、コレクター層の成長や美術機関同士の交流を背景に、域内のアート経済圏が強まりつつあるという。「コレクターやギャラリーも、自らの拠点により近い地域で作品を売買したり、展示したりすることに、以前より慣れてきています」。

Eythos倉庫の様子 Courtesy of Eythos

 もっとも、これは国際的な作品移動がなくなることを意味しない。アジも、ソウルの主要美術館では現在も世界各地から作品を集めた大規模な展覧会が開催されていると指摘する。グローバルな文化交流そのものへの需要が衰えているわけではなく、むしろ変化しつつあるのは、その交流を支えるインフラのあり方だ。

 アジは今後、美術品物流がたんなる「輸送」から、より包括的な「資産管理」へと変化していくと予測する。そのひとつが、分散型の保管ネットワークだ。「数百万ドル規模の作品を大陸間で何度も往復させるのではなく、ギャラリーや美術機関、コレクターが主要な作品を地域ごとの安全な専門倉庫やフリーポートに保管し、必要な展覧会や取引の際だけ移動させるようになるでしょう」。

 そこにリアルタイムでの作品追跡、デジタル・コンディションレポート、通関手続きを支援するツールなどのテクノロジーも組み合わされていく。作品を「どこへ運ぶか」だけではなく、「どこに置き、どのように管理し、必要なときにどう動かすか」までを一体的に考える物流へと変わっていくということだ。

Eythos倉庫の様子 Courtesy of Eythos. Photo by Taco den Outer

 同時に、輸送による環境負荷への視線も厳しくなる。アジは今後、「環境負荷の小さい保管方法、再利用可能なクレート、効率化された域内輸送ルートなどがより重視されるようになる」と見る。物流費の削減とサステナビリティへの対応は、今後ますます切り離せない課題となりそうだ。

 では、その先にある美術品物流の最大の課題とは何か。アジが挙げるのは、「ますます予測困難になるマクロ経済と規制環境への対応」だ。地政学的な貿易規制の変化、運営コストの上昇、環境負荷への対応が重なるなかで、美術品を扱う高い水準のケアを維持しながら、サービスを利用可能なものとして持続させることには難しいバランスが求められる。

 いっぽうで、そこには新たな可能性もある。アジは、美術品物流会社が「取り引きごとにサービスを提供する事業者から、戦略的なエコシステム・パートナーへと変化すること」を最大の機会として挙げる。作品をA地点からB地点へ運ぶだけではなく、保管、設営、現地での制作・加工、テクノロジー、サステナビリティまでを作品のライフサイクルに組み込み、ギャラリーや美術機関の活動そのものを支える役割だ。

 地政学的な緊張がいつまで続くのか、そして燃料費や輸送費が今後どのように推移するのかを見通すことは難しい。しかし、作品が国境を越えて移動することを前提として発展してきた現在のアート市場において、「作品をどう運ぶのか」はもはや舞台裏だけの問題ではない。どのフェアに参加し、どの作品を見せ、どの地域に作品を置くのか──物流をめぐる変化は、アート市場における意思決定のあり方、そしてその地図そのものを静かに描き変え始めている。