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書評:複数の宇宙、複数の芸術。ユク・ホイ『芸術と宇宙技芸』

雑誌『美術手帖』の「BOOK」コーナーでは、新着のアート本を紹介。2025年1月号では、ユク・ホイによる『芸術と宇宙技芸』を取り上げる。コンピュータ工学や人文学を修めたこの哲学者は、どのように「芸術」をとらえ、論じているのか。美学、表象文化論の星野太が評する。

文=星野太(美学、表象文化論)

複数の宇宙、複数の芸術

 ここ数年、ユク・ホイの名前は、複数の訳書を通じて日本でも広く知られるところとなった。香港でコンピュータ工学を専攻し、のちにイギリス、フランス、ドイツをはじめとするヨーロッパ各地で人文学を修めたこの哲学者は、『再帰性と偶然性』や『中国における技術への問い』をはじめとする数々の著書を通じて、いまや世界的な注目を集めるにいたっている。

 そのユク・ホイが、「芸術」を本格的に論じた初めての著書が『芸術と宇宙技芸』である。本書は、西洋の芸術を「悲劇者の論理」、中国の芸術を「道家の論理」によって代表させつつ、これに関連する文献を古代から現代にいたるまで渉猟した、まったく新しい芸術哲学だ。

 この本を紹介するにあたっては、あらかじめ予想される懸念を払拭することが先決であるように思われる。というのも、前段落における「悲劇者の論理」と「道家の論理」の対立という文字面を見て、本書を安易な「東西」比較芸術論と見なすことこそ、もっとも避けるべきことであるように思われるからだ。たしかに、本書は西洋と中国の芸術を先のふたつの論理によって代表させている。だがそれは、著者がかねてより主題とする技術と同じく、芸術にもまた各地域の世界観──あるいは著者が言うところの「宇宙」観──との深い結びつきを見いだそうとする営為にほかならない。したがってこれは、美術の世界でもすでに広く共有されているローカルなもの、ヴァナキュラーなものへのまなざしを、思想や理論のレベルにおいても打ち立てていこうとする野心的な試みなのだ。

 本書では中国の山水画が、前述の「道家の論理」を代表するものとして大きく取り上げられる。だがそれは、西洋の「悲劇者の論理」とは異なるもうひとつの「非線形的論理」を浮かび上がらせるためであり、山水画という特定の芸術形式を称揚するためではない。著者は、多様なものを単一の時間軸に吸収するヘーゲル的な芸術観に抗して、特異なものが特異なままに共立する複数的な芸術観を提示する。『中国における技術への問い』がかつて提起した「技術多様性(technodiversity)」という表現に倣えば、本書でホイが追求するのは、まさしく「芸術多様性」であると言ってよいだろう。それを、たんにひとつの現状認識として示すのではなく、より抽象化された技術 - 宇宙論として提示するところに、本書のもっとも大きなオリジナリティがある。

『美術手帖』2025年1月号、「BOOK」より)

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