言語的な距離と、空間的な距離。勝俣涼評「国谷隆志 Mix and Match」展
昨年、国谷隆志の個展「Mix and Match」がニューヨークのUlterior Galleryで開催された。そこで発表された新たなシリーズ「Mix and Match」は、20世紀的な造形言語が採用されている。そこにはどんな差異や隔たりを見て取ることができるのか? 美術批評の勝俣涼が論じる。
昨年、国谷隆志の個展「Mix and Match」がニューヨークのUlterior Galleryで開催された。そこで発表された新たなシリーズ「Mix and Match」は、20世紀的な造形言語が採用されている。そこにはどんな差異や隔たりを見て取ることができるのか? 美術批評の勝俣涼が論じる。
パンデミックを契機として、社会の在り方や私たちの暮らし、労働は大きく変化した。こうした社会状況を現代美術を通して考察する「遠距離現在 Universal / Remote」展が熊本市現代美術館で開催された。同展を、インディペンデント・キュレーターの田中雅子がレビューする。
「絡まり、もつれ、ほころびながら、いびつに循環していく生命」をテーマに制作活動を行うアートユニット・大小島真木。秋から冬にかけて東京で開催の2つの個展「私ではなく、私ではなくもなく ”not〈 I 〉, not not〈 I 〉“」、「千鹿頭 A Thousand Deer Heads」(〜2024年1月14日)では、絵画、彫刻、映像作品の新作を発表した。2つの展示で大小島が提起する問いを人類学者の奥野克巳が考察する。
ジェンダーやセクシュアリティの問題を扱った先鋭的な作品を国内外で精力的に発表してきたアーティスト、鈴木涼子。10月22日まで札幌市内にあるギャラリー・CAI03で開催された「鈴木涼子 Body Letter」展を、文化研究者の山本浩貴がレビューする。
スプラウトキュレーションで開催された「幽霊の道具」展 を美術評論家・清水穣がレビュー。宇田川直寛、横田大輔、草野庸子、濵本奏、古田直人、渡邊聖子ら6名の写真家による作品から、写真の現在形を紐解き、観測する。そこ見られた特徴や傾向は何か、そこから外れる作家の視点はどこにあるのかを考察する。
「せんだい3.11メモリアル交流館」で開催された倉科光子による「ここに根をはる ─津波のあとの植物たちとその環境」展を美術批評家・椹木野衣がレビュー。地層の変化がもたらす植物の動きをとらえた倉科による水彩画を、椹木が自宅の庭の様子と重ね合わせながら論じる。
タカ・イシイギャラリーが新スペースを京都にオープン。そこで、モスクワ出身のアーティスト サーニャ・カンタロフスキーによる絵画展「After birth」がこけら落としとして開催された。昨今、現代美術のマーケットにおいてもてはやされる絵画(「おいしい絵画」)からは一線を画すカンタロフスキーの作品について、美術評論家・清水穣がその特徴について論じる。
アーティストが死蔵させてきた映像や画像素材の「量り売り」を、インスタレーションを通じて行ってきたマテリアルショップ「カタルシスの岸辺」。そのような死蔵データをウェブ上で募集し、優勝を決める賞金付きのコンペティション「死蔵データGP(グランプリ)」が東京・有楽町のビルの一角で開催された。同コンペの審査員も務めた美術批評家・椹木野衣が、このプロジェクトの意義について論じるとともに、「死蔵」の在り方について考察する。
アジア各地の木版画による芸術・文化実践に焦点を当てた「解/拆邊界 亞際木刻版畫實踐(脱境界:インターアジアの木版画実践)」が東京・上野の東京藝術大学大学美術館 陳列館2階で開催された。アジアのアーティストやコレクティブは、「境界」をどのようにとらえ、乗り越えようとしているのか。この11日間の展覧会を町田市立国際版画美術館学芸員の町村悠香がレビューする。
歴史、記憶、アイデンティティ、私たちの居場所、役割などをキーワードに表現された作品群を通じ、私たちにとっての「ホーム」、家そして家族とは何かを浮かび上がらせることを試みる大阪の国立国際美術館で開催中の「ホーム・スイート・ホーム」展(〜9月10日)。本展を文化研究者の山本浩貴がレビューする。
身の周りの事物や自然界の事象を見つめ、そこに内在する時間や普遍性、偶然と因果を捉えながら、ドローイングや映像を中心に様々な手法で表現してきたアーティスト・堀内悠希。初挑戦となった16mm映像やセラミック作品などを含んだ個展「カンタム テレポーテーション」を、岩垂なつきがレビューする。
親密な関係を持つ「植物」に着目しながら、伝統的な知識体系、神話、アニミズムを取り入れ、歴史や搾取、領土、科学について考察するアーティスト、アナイス・カレニン。6月11日まで東京・根津にあるオルタナティブ・スペース「The 5th Floor」で開催されているアナイスの個展「Things named [things]」を、文化研究者の山本浩貴がレビューする。
多種多様なイメージやオブジェクトをコラージュした彫刻やインスタレーションなどで知られる、金氏徹平の個展「POOOPOPOO」が東京・六本木のYumiko Chiba Associatesで開催された。絵画であり彫刻であり写真である金氏の新作群を、美術評論家・清水穣がアメリカの画家サイ・トゥオンブリを参照点に読み解いていく。
画家エドゥアール・マネの日本における受容について考察する展覧会「日本の中のマネ 出会い、120年のイメージ」展が練馬区立美術館で開催された。日本におけるマネ像とは、そして「日本の近代美術」とは。この問いを作家・福田美蘭の作品を通して、美術批評家・椹木野衣が考察する。
3月8日の国際女性デーに合わせ、渋谷PARCOで行われた「ゲリラ・ガールズ展」。渋谷のセレクトブティック「Sister」が倉敷芸術科学大学・川上幸之介研究室協力のもとに開催した同展の意義を、武蔵大学准教授・ミュージアム研究者の小森真樹が振り返る。
太田市美術館・図書館で開催中の「なむはむだはむ展『かいき!はいせつとし』」。作家・演出家・俳優の岩井秀人、俳優・ダンサーの森山未來、シンガーソングライターの前野健太の3名によって2017年から始動したプロジェクト「なむはむだはむ」に、美術家・彫刻家の金氏徹平も加わり、初めて展覧会としてクリエーションを展開させた展示を、キュレーターの小金沢智がレビューする。
京都のHAPSが「公立美術館における障害者等による文化芸術活動を促進させるためのコア人材のコミュニティ形成を軸とした基盤づくり事業」の一環として行った、古谷渉の個展「私はなぜ古谷渉を選んだのか」。滋賀県立美術館館長(ディレクター)の保坂健二朗をゲストキュレーターに、「障害のある人が関わる文化芸術活動を拡張する基盤をつくる本事業の先駆的な取り組み」として開催された本展を、インディペンデント・キュレーターの長谷川新が振り返る。
十和田市街の一軒家を会場に、十和田市現代美術館が若手アーティストを紹介する場として運用している「space」。ここで初回の展示として開催された大岩雄典個展「渦中のP」を、きりとりめでるが振り返る。
「二本画」という独自のスタイルで絵画の地とスケールの関係性を追求する画家・法貴信也。その3年ぶりに開催された2つの個展から、それぞれ西洋美術史と東洋美術史への応答を読み取る、美術評論家・清水穣のレビューをお届け。
書家・比田井南谷の生誕110年を記念して愛知県春日井市道風記念館で開催された、生誕110年記念「比田井南谷〜線の芸術〜」。終戦直後に比田井が書いた作品《電のヴァリエーション》をきっかけに、「文字を書かない書」の誕生について美術批評家・椹木野衣が考察する。