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冨安由真が見た「ロン・ミュエク」(森美術館)。リアルの位相の交錯が生む、観客に残された余白

東京・六本木の森美術館でカルティエ現代美術財団との共催により開催している「ロン・ミュエク」展(4月29日〜9月23日)。パリ、ミラノとソウルを巡回してきた本展を、心霊や超常現象、夢などの事象を手がかりに、現実と非現実の境目を探る作品を制作する美術家の冨安由真が訪れた。視点や次元のずれを観客の身体に届ける作品をつくり続けてきた冨安の目に、ミュエクの精緻な彫刻群はどう映ったのか。話をうかがいながら会場を回った。※6月10日24時まですべての方に全文お読みいただけます

文=灰咲光那 撮影=手塚なつめ 取材協力=田篭美保(森美術館シニア・コーディネーター)

ロン・ミュエク《イン・ベッド》(2009)と冨安由真。「素材はリアルなスケールのままで、モチーフのサイズが拡大されている。そこにリアルさと違和感が同居しています」

 オーストラリア・メルボルン出身でイギリスを拠点とするロン・ミュエクは、実物よりはるかに大きく、あるいは小さくつくられた、強いリアリティを持つ人体の具象彫刻で知られる作家だ。ひとつの作品を仕上げるのに数ヶ月から数年を要するため、30年あまりのキャリアで世に出た作品は49点にすぎない。森美術館で開催中の「ロン・ミュエク」展は、日本初公開6点を含む11点を集めた貴重な機会となっている。

 本展を訪れたのは美術家の冨安由真。絵画や立体、映像、サウンド、VR、さらには演劇的演出までを横断する大型の体験型インスタレーションで知られる美術家だ。心霊や超常現象、夢など、科学では捉えきれない領域から、現実と非現実の境目を問う作品を制作してきた。ゆっくりと会場を歩き、一つひとつの彫刻に時間をかけて目を向けていった。

物語をもたない彫刻の世界

 「素材がすごく多彩ですね」。冨安がまず気にかけたのは彫刻の素材と肌の質感だった。ミュエクは身体や顔といった人間の部分を硬性樹脂で形づくり、表面に施す彩色までを自らの手で行う。髪には人毛や馬毛、人工毛を使い分け、衣服や革靴には本物の布や革をそのまま用いる。

 「リアルでありながら、どこかリアルではないような、不思議な感覚があります。私たちの世界のマテリアルをそのまま使っているので、服に用いられている布や繊維は現実のスケールの質感があるのですが、そこに身体の拡大や縮小が加わると。意外な違和感が生まれますね」。

ロン・ミュエク《枝を持つ女》(2009)と冨安

 観客に判断を委ねるこの構えは、冨安自身の制作姿勢とも深く重なる。薄暗い空間に絵画や家具、映像、音、仕掛けを配した彼女のインスタレーションは、心霊現象やデジャブを明示するのではなく、現実と非現実のあいだで揺れる感触を観客に体験させることを核としてきた。物語に回収させない、というその手つきを、冨安は次のように語る。

 「自分の作品にストーリー性は入れたくないと思っているので、物語として読み取れてしまうものは、むしろ排除するように意識してきました。何かを示唆するオブジェクトを置くこともありますが、点と点を結ばずに、断絶した体験を目指しています」。

冨安由真「KAAT EXHIBITION 2020 冨安由真展|漂泊する幻影」(2021)展示風景 Photo by Masanobu Nishino

 こうした姿勢を経由してミュエクの作品を見つめ直すと、その彫刻は冨安の目に「独立した存在」として浮かび上がる。「インスタレーションに寄せた作品もありますが、例えば人物の立像でも、絵画の人物画でも、読み取ろうと思えば物語は引き出せます。でもミュエクの彫刻は、その回路から切り離されています。1点で完結していて、独立したものとして佇んでいるように感じられました」。

編集部