
作品の「二重性」を保持する表現方法とは。菅原伸也が見た、「メルド彫刻の先の先」展
美術家・白川昌生が2000年代に提唱した「メルド彫刻」。DIY的な素材、方法で制作された作品のことを指す「メルド彫刻」の、さらにその先の表現を提示する場として、白川が選出した作家たちによる展覧会が東京・新宿のMaki Fine Artsで開催されている。本展を美術批評家の菅原伸也がレビューする。

美術家・白川昌生が2000年代に提唱した「メルド彫刻」。DIY的な素材、方法で制作された作品のことを指す「メルド彫刻」の、さらにその先の表現を提示する場として、白川が選出した作家たちによる展覧会が東京・新宿のMaki Fine Artsで開催されている。本展を美術批評家の菅原伸也がレビューする。

京都・比叡山から流れ落ち、修学院離宮の脇を流れる音羽川。その東側に位置する砂防ダム周辺を会場として、荒木優光、加納俊輔の2作家による、写真と音、ライブやパフォーマンスを組み合わせた3日間の展示が6月に行われた。この野外展示で2人が試みたものとは? 飯岡陸が読み解く。

抽象的な彫刻作品を既製品と組み合わせたインスタレーション作品で知られるニューヨークのアーティスト、レイチェル・ハリソン。その日本初個展が東京・表参道のラットホールギャラリーで開かれている。木材を使った立体と写真作品を組み合わせた展示を、美術評論家の大森俊克がレビューする。

「生け花」と「書」において、「生花」では中川幸夫、「書」では井上有一という先駆者たちがいまもなお強い影響力を誇っている。そんなふたつの分野で新たな表現方法を提示した展覧会を、美術評論家の清水穣がレビューする。

ともに色鉛筆での作品を手がけてきた吉村芳生・大星の父子。その作風は写真のような細密描写が特徴だ。広島県・ウッドワン美術館で開催された二人展を椹木野衣がレビューする。

東京国立近代美術館の蔵屋美香が通年を通してキュレーターを務める「絵と、」シリーズ。「絵と」現実を、絵画ならではの方法で切り結ぶ作家たちをラインナップした本シリーズの第2弾である「絵と、 vol.2 藤城嘘」展が、東京・東神田のgallery αMで開催されている。藤城の大作が並ぶ本展を、キャラ・画像・インターネット研究のgnckがレビューする。

印象派を代表する画家、クロード・モネ。モネが《睡蓮》大装飾画の制作に着手してから約100年が経過した現在、モネとモネ以降の作品に焦点を当てた展覧会「モネ それからの100年」展が名古屋市美術館にて開催され、横浜美術館へと巡回している。本展について、過去に「ルノワール展」(国立新美術館、2016)などを担当した金沢21世紀美術館学芸員の横山由季子がレビューする。

絵本画家・いわさきちひろの生誕100年を記念し、年間を通して開催されている展覧会シリーズ「Life展」。その一環として、「広島」をテーマとする作品に焦点を当てた、石内都とのコラボレーション展示「ひろしま 石内都」展が、長野県・安曇野ちひろ美術館で開催された。異なる手法で被爆体験に向き合った2人の作品を組み合わせた本企画。その意義と展示構成について、広島市現代美術館学芸員の松岡剛が論じる。

固定の仕方や道具の転用など、作品を展示空間にインストールするために、アーティストたちは様々な「技法」を生み出してきた。それらを「Tips」と名付け、ピックアップする展覧会が京都芸術センターにて開催された。企画者である宮坂直樹ら5名の若手作家がインスタレーション作品を出品した本展を、星野太が論じる。

東京・駒込の東洋文庫ミュージアムにて「悪」に焦点を当てた展覧会「悪人か、ヒーローか」展が9月5日まで開催されている。古今東西の様々な人物に関する記録を集め、その虚像と実像に迫る本展をインディペンデント・キュレーターの長谷川新がレビューする。

テキスト、立体、絵画、インスタレーションと、多様な表現方法を組み合わせ、また他者の行為を介入させる作品を生み出してきた大久保あり。2017年に発表した《WHITE CUBE IS EMPTINESS》を中心にホワイトキューブで近作を展開。金沢21世紀美術館の北出智恵子が、これまでの活動を回顧しながら作品を読み解く。

小林椋(むく)は、サウンドアートを出発点に、空間に点在するカラフルな木製のオブジェ、液晶ディスプレイ、機構などからなるインスタレーション作品を継続して発表してきた。動くオブジェと映像を組み合わせた「ローのためのパス」展、そして同タイトルの作品を、「からだの錯覚」を研究する小鷹研理が読み解く。

熊本市現代美術館で4月〜6月にかけて開催されていた、「チェルフィッチュの〈映像演劇〉」展。岡田利規が発案した〈映像演劇〉は、いまここで起きている事象ではない「映像」を用いて、演劇作品の上演を行う試み。プロジェクション映像で、美術館という展示空間を上演空間へと変容させるというこの新しい形式の演劇について、映画文化、映像文化に関する研究を行う北野圭介がレビューする。

1970年代のニューヨークを中心に活躍し、35歳の若さでこの世を去ったゴードン・マッタ=クラーク。そのアジア初となる大規模回顧展が東京国立近代美術館で開催されている。マッタ=クラークの活動を彫刻、映像、写真、ドローイング、関連資料など約200点で紹介する本展は、建築家・小林恵吾による会場構成でも話題だ。本展を、東京都現代美術館学芸員の藪前知子がレビューする。

場所やものに流れる固有の時間を、映像や写真、またそれらを組み合わせたインスタレーションによって表現する平川祐樹。平川による9分間の映像作品《映画になるまで君よ高らかに歌へ》は、関東大震災や空襲によってフィルムが消失した日本映画のタイトルから平川が着想を得て制作した映像作品だ。この作品と同名の展覧会を、美術批評家の沢山遼がレビューする。

2001年からユニットでの活動を行う山下麻衣+小林直人。本展では、自然を人の対義語としてとらえるのではなく、人も宇宙も自然の一部として解釈したという新作の映像作品4点を展示した。「自然観察」と題された本展を、キュレーターの服部浩之が論じる。

写真の可能性を決定的瞬間の外部に見出し、スナップ写真を独特の間合いで映像化する作品で評価される迫鉄平の個展「FLIM」が東京・新宿のSprout Curationで開催された。迫の新作が発表された本展について、映像論研究者の福尾匠が分析する。

イギリス・テートに所蔵される膨大なコレクションから選出された作品により構成される「ヌード」展。シドニー、ニュージーランド、韓国を巡回し横浜で開催中の本展を契機として、豊田市美術館学芸員の鈴木俊晴が美術館のコレクションと常設展のあり方を論じる。

「オプ・アート」の代表的な作家として知られるブリジット・ライリー。その日本では38年ぶりとなる美術館個展が、DIC川村記念美術館で開催されている。60年代の作品から近作までが揃う本展を、美術評論家で『マルセル・デュシャンとチェス』の筆者である中尾拓哉がレビューする。

広島の泉美術館、ヒロセコレクション、ギャラリー交差611にて、相次いで社会福祉施設の入居者らによる作品を紹介する、アール・ブリュットの展覧会が開催された。必ずしも表現の意図に基づかない作品群を、私たちはどう見るべきか。広島市現代美術館学芸員の松岡剛が論じる。