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知られざる前衛画家が刻んだ、日本の未来。沢山遼評「坂田一男 捲土重来」展

1920年代のパリにおいて、第一線で活躍していた前衛画家・坂田一男。同展では、その功績が十分に評価されているとは言えなかった作家の全貌を、著書『抽象の力』で坂田にスポットを当てた造形作家の岡﨑乾二郎を監修に招くことで、みごとに蘇らせた。坂田の同時代性、そして度重なる災害に苛まれる日本の現状をも予見するような現在性について、批評家の沢山遼がレビューする。

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自然との複層的な関係を提示する 中村史子評ジョーン・ジョナス「Five Rooms For Kyoto: 1972–2019」展

ジョーン・ジョナスの第34回京都賞受賞を記念し、国内最大規模となる個展が京都市立芸術大学ギャラリー @KCUAで開催された。パフォーマンス、映像、インスタレーションなど、複数のメディアを融合させた表現を追求してきたジョナス。本展は、彼女の作品の重要なキーワードとなる、女性、物語、環境問題を5つの展示室を使ってたどる。もっとも大きな部屋では、近年の代表作とも言える《Reanimation》のインスタレーションが展開された。愛知県美術館学芸員の中村史子がレビューする。

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芸術祭における通俗性。清水穣評「美術館の終焉─12の道行き」「IF THE SNAKE もし蛇が」

「アート・プロジェクト KOBE 2019:TRANS-」でグレゴール・シュナイダーが神戸市内各所に展開した「美術館の終焉─12の道行き」、ピエール・ユイグをアーティスティックディレクターに迎え2回目の開催となった岡山芸術交流の「IF THE SNAKE もし蛇が」、ふたつの国際芸術祭を清水譲が評する。

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欲望の空間と、その反転に見る現代の「受難」。菅原伸也評 ミン・ウォン「偽娘恥辱㊙︎部屋」

ミン・ウォンはシンガポール出身、ベルリン在住のアーティスト。アサクサで開催された「偽娘恥辱㊙︎部屋」では、成人映画「日活ロマンポルノ」を題材にした新作を発表。中国でいわゆる「男の娘(おとこのこ)」を意味する「偽娘(ウェイニアン)」による現代のデジタル動画の制作方法と、ピンク映画の黎明期に低予算で行われた早撮りの手法を参照することで、日活ロマンポルノに登場する3人の女優を再演した。身体とジェンダーにおけるパフォーマティヴな振る舞いの実験の場である本展を、美術批評家の菅原伸也がレビューする。

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沈んだ軍艦「秋津洲」は2020年にどうつながるのか? 小田原のどか評「柳幸典展」

2019年11月から12月にかけ、東京・原宿のBLUM & POEで柳幸典の個展が行われた。現代社会が孕む諸問題を、ユーモアを交えて表現する柳が同展でテーマとしたのは、第二次大戦中の大日本帝国海軍の水上機母艦であり、1944年9月に米軍機による爆撃を受け、現在もフィリピンのブスアンガ島に位置するコロン湾深くに沈む「秋津洲」。70年以上前に沈んだこの戦艦は、いかに2020年へと接続するのか? 小田原のどかがレビューする。

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美術の教育から美術の欲望へ 福住廉評「未来美展3」

「GO FOR FUTURE」をキーワードに、未来美術家として活動を展開する遠藤一郎。彼が美学校で講師を務める「未来美術専門学校アート科」の受講生26人と、ゲスト作家の会田誠、田中偉一郎による合同展「未来美展3」が、鹿児島市内にある天文館ニワビルで開催された。「本当にお前がやりたいことは何なのか」という遠藤からの問いかけに、若きアーティストたちはどのように応答するのか? 美術評論家の福住廉が論じた。

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システマチックな都市空間に風穴を開ける。藤田直哉評 トモトシ「有酸素ナンパ」

「あいちトリエンナーレ2019」に参加するなど、気鋭の新人作家として注目を集めるトモトシ。現在、埼玉県立近代美術館では、そのトモトシの個展「有酸素ナンパ」が開催中だ。本展でトモトシは、都市と人間、あるいは都市における人間同士の関係性を問い直す実践を「有酸素ナンパ」と定義。新作を含む映像作品の展示を通じて、都市に潜在する様々なシステムの無根拠さと脆弱さを抉り出している。以前よりトモトシの活動を追ってきた批評家の藤田直哉は、本展をどう見ただろうか?

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美術を取り巻く構造に風を通す。中村史子評 泉太郎「スロースターター バイ セルフガイダンス」

自身のパフォーマンスを収めた映像やインスタレーション、ドローイングなど幅広い方法によって作品を発表している泉太郎。名古屋芸術大学Art&DesignCenterにて「芸術大学」をテーマに据えた個展を開催。自身も学生として過ごし、現在は教鞭を執っている「芸術大学」という空間をとらえなおし、アートと社会システムとのあいだに起こる摩擦について再考。あらゆる要素がからみあった複雑な構成のなかで泉が投げかける問いを、愛知県美術館学芸員の中村史子が読み解きレビューする。

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日系移民の思い出と記憶を多層的に内包する作品群。はがみちこ評「大﨑のぶゆき:ブエノスアイレス」展

2019年の4月から約1ヶ月間、アルゼンチン・ブエノスアイレスでのレジデンスに参加した大﨑のぶゆき。本展では、現地で生活する日系移民たちの記憶や思い出についてのリサーチを起点にした作品を発表した。独自の理論を展開する作家の試みを、アート・メディエーターのはがみちこが論じる。

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廃れた流行の新たな着地点。小野寺奈津評 PUGMENT 2020SS「Purple Plant」

大谷将弘と今福華凜によるファッションレーベル「PUGMENT」が、2020年春夏コレクション「Purple Plant」を発表。東京都現代美術館の企画展「MOTアニュアル2019 Echo after Echo:仮の声、新しい影」で、本コレクションのインスタレーション展示のほか、一夜限りのファッションショーも行った。戦後の占領下で言葉が失われた世界を舞台に、Tシャツの文字から歴史を復元しようと試みた本コレクションは、短命な流行を繰り返す現代のファッションシーンにどう作用するだろうか? 国立新美術館特定研究員の小野寺奈津がレビューする。

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公共を構成する人とは誰か? 中尾英恵評「アートセンターをひらく」

2020年に開館30周年を迎える水戸芸術館現代美術センターでは、移り変わる社会のなかでアートセンターに求められる役割を探る企画「アートセンターをひらく」を2期に分けて開催。第Ⅰ期では、ギャラリーをアーティストや来場者の「創作と対話」のために活用し、第Ⅱ期では、展覧会を軸にギャラリーをひらいた。社会的な場としてのアートセンターの役割を、実践を通して探る本展の試みを、小山市立車屋美術館学芸員の中尾英恵がレビューする。

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人と牛の半獣が、男性/人間中心的な規範を暴く音楽劇。田中綾乃評 市原佐都子(Q)『バッコスの信女ーホルスタインの雌』

エウリピデス作のギリシャ悲劇『バッコスの信女』を、劇団Qの市原佐都子が大胆に解釈、再構築した『バッコスの信女ーホルスタインの雌』。「あいちトリンナーレ2019」のパフォーミングアーツ部門で発表された本作は、主婦、ペットのイヌ、ウシと人間のハーフである半獣、合唱隊(コロス)が登場し、性と生殖にまつわる問題を鋭くポップに浮かび上がらせた。この現代の音楽劇を、哲学研究・演劇批評を横断しながら執筆活動を行う田中綾乃が論じる。

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農業から見えるこの国の課題。保坂健二朗評「青森EARTH2019:いのち耕す場所 −農業がひらくアートの未来」

美術館で「農業」をテーマにした展覧会を行う。そんな試みが、青森県立美術館の「青森EARTH2019:いのち耕す場所 −農業がひらくアートの未来」だ。青森ERATHは、青森の大地に根ざしたアートの可能性を探究する、2012年に始まったシリーズ企画。この農業をテーマにする展覧会からみえてくる、この国の有り様とは何か? 東京国立近代美術館主任研究員・保坂健二朗がレビューする。

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ジャコメッティを起点に美術史をとらえなおす。小田原のどか評「コレクション特集展示 ジャコメッティと Ⅱ」

大阪の国立国際美術館が2018年に新収蔵したアルベルト・ジャコメッティのブロンズ彫刻《ヤナイハラⅠ》。この収蔵を記念し、同作を起点に国立国際美術館のコレクション約40点で構成された展覧会「コレクション特集展示 ジャコメッティと Ⅱ」が、12月8日まで開催されている。この展覧会がたんなるコレクション展ではない理由とは何か? 彫刻家・彫刻史家の小田原のどかが読み解く。

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「彼方の男」とは「誰」か? 中尾拓哉評 奥村雄樹「彼方の男、儚い資料体」

ブリュッセルとマーストリヒトを拠点に活動する奥村雄樹の個展「彼方の男、儚い資料体」が慶應義塾大学アート・センターにて開催された。「私」という主体やアイデンティティ、作者性といった概念を問い、他者との協同や重なり合いを通して、新たな「自画像」のあり方を探ってきた奥村。本展では、映像作品《彼方の男》の上映とあわせて、関連する3点の物品で構成された資料体が同センターのアーカイヴに追加され、アーカイヴと資料についての問いかけも行われた。美術評論家の中尾拓哉が、本展における試みを分析する。

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歴史の余白こそ歴史の始点かもしれない。布施琳太郎評 「STAYTUNE/D」展

「移動する/できない/させられる」ことは、どのようなメカニズムのもとで発生している事態なのだろうか? 長谷川新キュレーションのもと、富山県砺波市のギャラリー無量で開催された展覧会「STAYTUNE/D」は、このような「移動」をめぐる問いの共有を試みるものであった。戦前から活躍していた物故作家から気鋭の若手作家までが集った本展を、批評活動も行うアーティスト・布施琳太郎が論じる。

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