第4章「崇高の都市、ヴェネチア」
第4章「崇高の都市、ヴェネチア」は、ターナーのヴェネチアを描いた作品を展示する。当時の多くの北方ヨーロッパの画家と同じく、ロンドンのすっきりとしない気候のなかで育ったターナーにとって、温暖で日照時間の長いイタリアは心惹かれる場所だった。とくにヴェネチアはターナーが愛した土地であり、3回にわたって旅をしている。

本章でとくに注目したいのは、水彩画の連作だ。運河やサン・マルコ広場の鐘楼といったヴェネチアを象徴するモチーフが、溶け合うような色彩によって描かれており、ヴェネチアの空気を淡い色調の重なりと滲みによってつくり出そうとするその表現力は目を見張るものがある。

そのほか本章ではハワード・ホジキンの《ヴェネツィア、午後》(1995)や、栗原忠治の《月島の夕》、《ヴェニスの港》(制作年不詳)が展示されている。ヴェネチアの情景を、エッチングやアクアチントと手彩色を組み合わせた複雑な色彩とにじみで表現したホジキン、ターナーに強い影響を受けてその画風に反映しヴェネチアも訪れた栗原の、それぞれのヴェネチアを楽しみたい。
第5章「荒れた海」
第5章「荒れた海」では、ターナーが残した作品群の半数以上を占める海景画を紹介する。ターナーにとって海は「崇高」なる自然を体現する存在であると同時に、つねに流動し、光の反射や色調が複雑に変化する、魅力的な画題であった。

ターナーの描く荒れた海の絵画はどれも、水平線の存在が希薄だ。波濤は空と混じり合い、水が蒸発して雲となる大気の循環のようなダイナミズムをもって鑑賞者の前に立ち表れる。たんなる荒れ狂う海の威容というだけではない、大きな原理を「崇高」として提示しようとするターナーの姿勢がうかがえる。

また、本章ではボストン美術館所蔵の《奴隷船》(1840)にもとづく《奴隷船(ロバート・ホスキンによる版刻)》(1879頃)にも注目したい。本作《奴隷船》は、飲料水の不足のために積荷の奴隷133名を大西洋上で遺棄したという1781年の「ゾング号事件」を題材にしている。この事件は議論を巻き起こし、1801年のイギリスの大西洋航路の奴隷貿易廃止へとつながっていく。ターナーは廃止の40年後に本作を描いた。それは世界の別の場所でいまだ行われている奴隷貿易への反対の意を示すものでもあった。
本作と対応するかたちで展示されているのが、オトリスグループの《Hydra Decapita》(2010)だ。本作は奴隷貿易の時代の苛烈な搾取構造を描き出すために、ターナーの《奴隷船》とそれについてのジョン・ラスキンによる分析、デトロイトテクノのプロデューサー、ドレクシヤの作品や、彼らが提示する奴隷の末裔が海中につくり上げた国家といった要素を組み合わせ、映像作品をつくりあげており、ターナーの問いかけが現代においてどのような発展を見せたのかを感じることができる。
第6章「黙想、海と空を見つめつつ」
第6章「黙想、海と空を見つめつつ」は、海や空といった自然を描きつつもの、そこに詩的な側面を織り込もうとしたターナーの足跡をたどる。第3章では歴史画が紹介されていたが、ターナーは風景画にも歴史画のような物語性を持ち込んでいた。山や海の風景を描いただけに見える作品にも、歴史への接続とそこから立ち上がる情感を込めていた。この視点で作品を見ることで、より深い考察が可能となるはずだ。


ここでは、ターナーの海を描いた作品とともに、ヴォルフガング・ティルマンスの《The State We're In,A(われわれが置かれている状況、A》(2015)が展示されている。高解像度のカメラで大西洋の海を静止させた本作は、肉眼では見ることができない海の姿が静止させることで浮かび上がる。モチーフはあくまで海であるが、ターナーもティルマンスも、そこにイメージを超えた思索の可能性を見出しているといえよう。



















