公開中の最新作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』で戦争における戦闘やPTSDの恐ろしさを臨場感をもって描き、海外の映画祭でも高い評価を受けた塚本晋也監督。「頭で理解するというよりも、肌感覚で受け止めて、実感として『戦争は嫌だ』と思ってもらいたい」。そう話す塚本は、いかにして観客の身体に戦争への拒絶感を残そうとしたのか。

人を殺せる身体はどのようにつくられてしまうのか?
──「戦争加害者の傷」を描こうと考えた背景を教えてください。
塚本晋也(以下:塚本) いま日本で見られる戦争映画には系統があり、ひとつはヒロイズムによって見る人が熱狂できる作品。いっぽう原爆や大空襲など、被害者の視点から描いた作品はとても大切で、知らなければならないことと思っています。ただ、いまの日本では戦争を扱ったものはその2種類にだいたい終始していると感じます。
『野火』では、大岡昇平さんの小説をもとに、加害と被害の双方から戦争の虚無を描きました。しかしそれとは別に、戦場に行けば自分も人を殺す側になりうるという恐ろしさを、加害者の側から描く映画が必要だと考えていたんです。
『野火』の準備中にアレンさんのノンフィクションと出会い、自らの恐ろしい加害を赤裸々に語る内容に度肝を抜かれました。アレンさんは、戦場で初めて人を殺したときはひどく嫌な感覚に襲われ、吐き気を催したものの、戦場で人を殺し続けるうちに抵抗がなくなっていったといいます。
殺さなければ自分が殺されるという状況のなかで疑心暗鬼になり、やがて兵士の格好をしていない村人でさえ、少しでも怪しいと思えば惨殺するようになってしまった。この恐ろしい人間の変化を映画化し、多くの人に届ける必要があると思いました。
──原作との出会いから完成までに7年を要したそうですね。この企画に向き合い続け、映画として完成させることができた原動力は何だったのでしょうか。
塚本 ひとえに、アレンさんの存在です。戦争の悲劇というと、自分が殺されることや、自分の子供が戦地へ行き、命を落とすことをまず考えますよね。しかし、生きて帰れたからといって「それでよかった」という話ではなく、帰還後も残酷な記憶が一生付き纏います。

ときには恐ろしい衝動に駆られ、妻や子供に暴力を振るってしまう。そして傷つけられた家族もPTSDを抱え、その影響が次の世代にまで連鎖していく。いま起きている家庭内暴力の根に戦争があるのだとすれば、戦争から派生した暴力は途方もない数にのぼるはずです。自らの加害と、帰還後も続いた戦争PTSDの苦しみを語り続けたアレンさんを、いまの時代に蘇らせ、多くの人に知ってもらいたいと思いました。
──アレンさんはベトナムの人々への加害者であるいっぽう、貧困や差別を背景に入隊し、戦争によって深い傷を負った人物でもあります。戦争加害者の中にある被害者性という複雑さを描くうえで意識したことを教えてください。
塚本 最初の脚本には、アレンさんが日本で平和活動をする場面も入れていましたが、彼を偉人のように描くことに、次第に疑問を感じるようになりました。戦場で多くの人を殺した事実は、その後の活動によって消えるものではないので、アレンさんがすべてを乗り越えて救われたかのような結末にはしたくありませんでした。
生前のアレンさんは、少し症状がよくなってはまた苦しみ、それでも前へ進もうとしていました。人々に向けて自分の加害経験を正直に語ることは、PTSDを和らげる助けになるいっぽう、戦場の凄惨な記憶をたどり直すことでもあります。映画では、苦しみを抱えたまま、語り部になっていくアレンさんを描こうとしました。戦争さえなければ、本当はいい人だったのではないか。その部分にも光を当てたかったんです。






























