第1章「はじまりの歩み、英国の風景から」
第1章「はじまりの歩み、英国の風景から」では、ターナーが「風景」とどのように対峙していたのかを取り上げる。ターナーは当時の英国の山々や湖を実際に歩き、その形態や色彩、大気の見せる表情や光の具合などを記録していった。こうした環境に身を置き、戸外の空気を全身に感じながらスケッチをすることが、初期のターナーが重視したことだった。


1700年代後半から1810年頃にかけてターナーが描いた自然風景を展示。若くして英国の芸術の権威であるロイヤル・アカデミーに入学し、高い評価を得ていたスケッチの技術の高さを知るとともに、実際の風景に対する細やかに観察して生み出した光の表現と色調も見所となる。あわせて、ターナーが世界最大の帝国となった産業革命期のイギリスの首都である大都会ロンドンの中心部で生まれ育ったことも意識したい。都市で生まれたターナーが郊外の自然に見出していたロマン主義的な憧憬も、本章の作品から浮かび上がってくる。
展示室の中央には、自然のなかで環境との関係性を前提に制作行為を行う「ランド・アート」を手がけた美術家、リチャード・ロングの《レッド・スレート・サークル》(1988)が展示されている。円形に赤茶色のスレート(粘板岩)を床に置いた本作は、当時のターナーが見ていたであろう生の自然を現出させている。さらに、イングランド南西部のダートムーアでロングが行った歩行を記録した《ダートムーアでの歩行》(1972)とともに、同じくターナーがダートムーアで行なった鉛筆によるスケッチも展示されており、土地に対する美術的アプローチの連続性が表現されている。
第2章「山々の内部へ」
第2章「山々の内部へ」では、20代後半に初めてスイスを旅し、アルプスの山々と対峙したターナーが描いた作品を展示している。当時の英国では「ピクチャレスク」と呼ばれる芸術の潮流が生まれており、整った「美しい」自然観とは異なる、荒々しい岩肌やそびえ立つ山々に価値を見出す人々が増えていた。本章ではその後のターナーを語るうえで欠かせない「崇高」という概念との関連を感じさせる、山々を描いた作品を展示している。


これらの作品と対置されるのが、オラファー・エリアソンが1999年と2019年にアイスランドの氷河を撮影した《溶ける氷河のシリーズ 1999/2019》(2019)だ。気候変動について警鐘を鳴らす作品を手がけるエリアソンの本シリーズは、温暖化により氷河が溶けていく様が記録されている。ターナーの生きた産業革命の時代より、人類はその活動を加速させ、地球に大きな影響を及ぼしてきた。蒸気船や蒸気機関車といった産業革命の象徴も好んで描いたターナーは、こうした世界の変化を身を持って体験していたという側面も見逃せない。
第3章「歴史的崇高」
第3章「歴史的崇高」では、ターナーの歴史画に着目する。当時の英国のロイヤル・アカデミーを頂点とする美術の権威構造においては、風景画よりも歴史画のほうが高い位置にあった。ターナーもまた古代ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』やギリシャ神話などを題材に作品を残した。

本章ではコーネリア・パーカーの《余白のための部屋》(1998)も展示されている。これはテート美術館の保存修復部門がターナーの作品から取り除いた、キャンバスの裏に貼られた保護のためのキャンバスの層(ライナー)と、額装の際に固定のためフレームの中に織り込まれたキャンバス(タッキングエッジ)によって構成したインスタレーションだ。劣化したこれらの絵画の断片は、そのままターナーの作品が重ねた歴史を伝える。




















