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「テート美術館 ターナー展――崇高の絵画、現代美術との対話」(国立西洋美術館)開幕レポート。19世紀から現代まで「崇高」を探す旅へ【4/4ページ】

第7章「根源的崇高──後期ターナーという問題」

 最後となる第7章「根源的崇高──後期ターナーという問題」は、晩年にかけて抽象化しより先鋭的になっていくターナーの作品を見ることができる。この頃の作品はキャンバスのほとんどを光と大気が支配するようになり、さながら抽象画のような印象をみせる。ロイヤル・アカデミーという伝統的で権威的な場所にいながら、19世紀中盤にこれほどの先鋭性に到達したことには大きな驚きを覚えた。

右手前がジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《水のある風景》(1840-45頃)キャンバスに油彩 121.9×182.2cm テート美術館

 いっぽうで、この鮮烈な印象が後期ターナーの評価を複雑にしたことも事実だ。担当学芸員の新藤は、「1960年代のアメリカにおけるターナー像」というキャプションで後期ターナーの抽象性をめぐる議論を提示している。1966年、ニューヨーク近代美術館で「ターナー──創造と現実」が開催された。この前後、美術批評において、マーク・ロスコやジャクソン・ポロックといった、当時のアメリカで隆盛した抽象表現主義の画家たちとターナーを結びつけられる潮流がつくり出された。新藤はここに抽象表現主義に評価を与えるための戦略の存在を指摘し、それを踏まえたうえで既存の評論を再検討する重要性を論じている。バーネット・ニューマンやロスコの作品が本章で展示されているのも、その考察の一助となるだろう。

左からジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《ペットワースの長い地下室》(1835頃)板に油彩 74.9×91.4cm、《ヴェネツィアの情景》(1840-45頃)キャンバスに油彩 79.4×78.7cm ともにテート美術館

 新藤が指摘するように、後期ターナーの作品は抽象的ではあるが、例えば建物であったり、海であったりといった具象的な対象が必ず認められる。ターナーが重視したのは絵画の平面上の構成よりも、人間の周囲に存在する大気や自然、その詩情をもって迫りくるようなダイナミズムをいかに豊かに表現できるのか、ということだったのではないか。後続の画家たちとの関係性に囚われる前に、ここまでの章で見てきたターナーの作品を振り返りながら、描かれた要素としっかり向き合うで生まれる発見は多い。

 また、新藤は次のようなことも語った。「本展は現代美術作品とターナーを並べることで、その連続性を探るものです。テートから来日した作品にも、現代美術を学ぶうえでは重要な作家の作品も多く、教科書的な側面も大いにあります。ただ、現代美術とターナーを並べたとき、あらためてターナーの絵画が持つ強度を感じるのも事実。この19世紀の絵画の持つ力に、現代を生きる我々はいかに対峙し、言葉を紡ぐことができるのか。ぜひ考えてみてください」。

 ターナーの画歴を回顧するとともに、歴史的にも美術史的にも現代とのつながりを考えさせられる展覧会となっている。

編集部