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「テート美術館 ターナー展――崇高の絵画、現代美術との対話」(国立西洋美術館)開幕レポート。19世紀から現代まで「崇高」を探す旅へ

東京・上野の国立西洋美術館で「テート美術館 ターナー展――崇高の絵画、現代美術との対話」が10月24日に開幕した。会期は2027年2月21日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影:安原真広(編集部)

左からジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《嵐の海と燃える難破船》(1835-40頃)キャンバスに油彩 99.4×141.6cm、《荒海と難破船》(1840-45頃)キャンバスに油彩 92.1×122.6cm ともにテート美術館

 東京・上野の国立西洋美術館で、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775〜1851)の作品を現代美術とともに紹介する「テート美術館 ターナー展――崇高の絵画、現代美術との対話」が開幕した。会期は2027年2月21日まで。担当は同館主任学芸員の新藤淳。なお、本展は大阪中之島美術館(2027年3月13日〜6月27日)にも巡回予定となっている。

 本展は、世界最大のターナー・コレクションを誇るロンドンのテート美術館の所蔵品から、油彩画や水彩画など、80点以上を紹介するとともに、テート美術館の現代美術作品を併置する展覧会だ。序章と7章の構成で作品をテーマごとに再編し、ゆるやかな時系列に沿って展示。ターナーの来歴とともに、当時のターナーの問題意識が、現代美術の投げかける問いとどのように呼応するのかを探る。

左からジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《テイヴォリ──トビアスと天使》(1835頃)キャンバスに油彩 90.5×121cm テート美術館、《アクタイオンの死、遠景にアオスタ渓谷のモンジョヴェを望む》(1837頃)キャンバスに油彩 149.2×111.1cm ともにテート美術館

 ターナーは1775年イギリス・ロンドン生まれ。89年にロイヤル・アカデミーに入学。水彩画で高い評価を得るにとどまらず油彩作品にも取り組み、ロイヤル・アカデミーの年次展覧会で《海上の漁師たち》(1796)、《疾風のなかのオランダの船》(1801)を発表。水彩、油彩画の両方で認められ、1802年に26歳の若さでロイヤル・アカデミーの正会員となる。1815年にナポレオン戦争が終結し、19年に初めてイタリアを旅行。そのほかフランスやドイツなどにも足を運び、ナポレオン戦争の痕跡を描いた歴史風景画も手がける。代表作に《戦艦テメレール号》(1839)、《雨、蒸気、速度》(1844)、《ノラム城、日の出》(1845頃)など。1851年に没した。

左からジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《ブリエンツの町と湖》(1806-09頃)紙に水彩 28.5×40cm、《廃墟の月光》(1820頃)紙に水彩 33.1×49.4cm ともにテート美術館

 展覧会は序章と全7章で構成される。会場入り口から始まる序章は「暗い部屋」と銘打たれ、印象的な演出が行われている。ターナーは当時、自邸のそばで私設の画廊を経営しており、そこで自身の作品を展示販売していた。画廊への入室前、ターナーは暗い部屋で顧客をしばらく待たせ、感覚を研ぎ澄ませた後に自作と対面するよう求めたという。会場でもこの趣向を再現するように、照明を絞った展示室が来場者を迎える。

ケイティ・パターソン《Totality(皆既食/全体性)》(2016)ミクストメディア 83×83×83cm テート美術館

 室内では、ターナーが天文の生み出す光に興味を持っていたことを伝える作品を展示。闇夜の月光を描いた水彩の連作や、日食を描いたスケッチ等、ターナーが自然光をいかにして表現するのか、つねに探求していたことがうかがえる。この部屋でターナー作品と対置されるのが、ケイティ・パターソン《Totality(皆既食/全体性)》(2016)だ。月を思い起こさせる大きな球体を1万枚の鏡面タイルで覆った作品で、個々の極小のタイルに皆既日食のイメージが刻印してある。ターナーの時代と変わらず、表現者の興味を掻き立てる日食という現象が、ここで接続されている。

編集部