建築プロジェクトの数々
続いて、多田が携わった主要な建築プロジェクトが紹介されている。皇居・新宮殿の「光造形」(1968)、リーガロイヤルホテル大阪の光造形《瑞雲》(1973)、帝国ホテル東京の光壁《黎明》(1970)など、代表作の詳細が写真やスケッチ、素材見本とともに展示されている。


1970年代以降は、自立型の立体作品を多く手がけるようになる。展示空間では作品の周囲を歩きながら、角度によって大きく変わる表情を鑑賞できる。あわせて展示されている多田美波研究所の記録写真からは、メンバーと顔を突き合わせ、研究を繰り返していた熱気ある現場の様子が伝わってくる。また、自身の作品スケールが拡大するにつれ、職人や技術者との協業が増加。多田が自ら工場へ何度も足を運び、現場と対話を重ねながら制作を進めていた背景も明かされている。


本展のもうひとつの見どころとして、天井高19メートルのアトリウム空間に展開された大型作品群の展示が挙げられる。なかでも頭上に吊られた《翔》(1986)は圧倒的な存在感を放つ。南足柄市庁舎に設置されていた本作は、2枚のステンレスを溶接した多田初の「吊り彫刻」だが、後に地震に対する防災上の理由から撤去されていた。本展での再現は非常に貴重な機会となる。

また、唯一のステンレス鋳物作品《究》(1999)は、多田が脳梗塞による半身麻痺を克服しようとするなかで生み出された作品だ。一時は作家活動を断念することも頭をよぎったという多田だが、創作への意欲は衰えず、動く右手だけで巨大な粘土を造形し、型をつくったという。多田美波研究所所長の岩本八千代が「多田の魂そのもののかたち」と語る通り、力強い生命力が宿る作品だ。

さらに、現存しない作品や建築と不可分な作品の「再制作・再構成」も見逃せない。洗面台のボールチェーンを用いたシャンデリア《チェーンデリア》(1963)は、皇居・新宮殿の光造形を手がけるきっかけとなった記念碑的作品で、多田美波研究所の全面協力のもと原寸大で復元された。また、リーガロイヤルホテル大阪の《瑞雲》(1973)の一部も、当時のクリスタルガラスパーツ約3000個を用いて再現されている。

展覧会の最後を締めくくるのは、多田が手がけた最後の作品だ。かつて「手癖」を嫌って離れた油彩画に、多田は晩年再び向き合った。描いた油彩画を陶板へ転写し、ラスター釉で仕上げたレリーフ《瑞光》(2013)が遺作となった。本展は、その原案となった油彩画で幕を閉じる。
周囲を巻き込みながら、あくなき探究心で「光」と素材に挑み続けた多田美波。その軌跡をたどる本展は、彼女が放った光の輝きが時代を超えていまなお鮮やかであることを実感させてくれるはずだ。
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