蜷川実花ゆかりの街・下北沢での展覧会
アーティストブックの完成が見えてきた頃、刊行に合わせて展覧会も開こうとの気運が高まり、開催へと動き出すことになる。

ブックの制作がきっかけとはいえ、この展示はまた独自の形態をとっている。順に見ていくと、古民家ゆえ入り口は「玄関」だ。靴を脱いで上がると小部屋がふたつあり、ひとつは額が盛大にデコレーションされた写真作品、もういっぽうでは小魚の群を撮った映像がマルチスクリーンで展開されている。

廊下を通って展示の中心となる広い部屋へ。そこは壁、床、柱とあらゆる面が鮮烈な蜷川カラーで彩られ、天井からはクリスタルが吊り下げられ、無数の写真がそこかしこに掛けられている。
「展示に臨むとき、いつもなら展示プランやマケットをつくるんですが、今回は『現場で考える!』と宣言して、とにかく材料だけを持ち込んで、ずっとここで作業していました。畳が色とりどりになっていますが、床にペンキをぶちまけたいという願望は前からあって、やるならここだなと思い実現させました」。

廊下を渡り、奥の部屋へ足を踏み入れると一転、白壁に桜の写真が整然と並ぶ空間が現れる。「桜は長らく撮り続けているモチーフのひとつです。邪心を持たず、何を意識するでもなく、ダイレクトに目の前のものとつながれたとき、初めて良い写真が撮れるものです。桜を眺めているとき、私はそういう状態になりやすいみたいです。前の展示空間の賑やかさと、こちらのミニマムな空間の静けさのギャップはかなり大きいですが、その振り幅の広さは私の特性であって、どちらも私のなかにある一側面だなと感じます」。

さらに展示は庭へと続く。植栽の手前には大きなスクリーンが設置されており、スライド式に写真作品が延々と映し出されている。その写真は数千枚にのぼり、上映は約30分にも及ぶ。時刻や気候によって、その見え方は刻々と変わっていきそうだ。訪れたのは早春のうららかな日和で、陽光のなか蜷川実花の鮮やかな花々の写真を眺めるのは新鮮な体験だった。
「入れ込んだ写真は、ごく初期のものもあれば、ついこのあいだ撮ったものもあります。それらがごちゃ混ぜになったスライドを見ていると、私は『生きること』と『撮ること』が本当に一体化してしまっているなと、改めて自分でも感じます」。
縁側に座って尽きることのないスライド写真を見ていると、ふとどこにいるのかを忘れてしまいそうになるが、ここは下北沢だ。蜷川実花は、この近隣に12年間暮らしていたという。
「住んでいたのは子供が幼い時期であり、父を亡くした時期でもあり、同時に映画を何本も監督していた時期でもありました。生活とクリエイションがマーブル状に入り乱れながら、すべてが濃い思い出として残っています。ギャラリーすぐ近くの緑道は、子供の三輪車を引いて散歩するコースでした。そこで撮った写真もたくさんあります。自分の原点に帰るような今回のプロジェクトは、展示するならぜひ下北沢でやりたいと強く願っていたので、ここで実現できたのはうれしいです。せっかくならプロジェクトを街に持ち出そうと、馴染みのお店に声をかけて、コラボレーションしていただくことになりました。いつも子供と通ったソフトクリーム・ロールケーキのお店やスープカレー店、お気に入りの古着屋さんに本・雑貨のヴィレッジヴァンガード。みなさん好意的に受け止めていただいて、ありがたいかぎりです。下北沢は相変わらずパワーにあふれていて、街全体がひとつの大きなライブハウスのように感じられます」。



















