「FACE 2025」グランプリ受賞者・齋藤大インタビュー。描いたのは、「人が融合する風景」

「年齢・所属を問わない新進作家の登竜門」たる公募形式の展覧会「FACE展」が、13回目の開催を迎える。今年、グランプリを受賞した齋藤大の作品タイトルは《キャンプファイヤ》。東北芸術工科大学大学院に在籍し、現在も研鑽を積む作家に話を聞いた。

文・撮影=中島良平

齋藤大

──グランプリの受賞、おめでとうございます。受賞作品の《キャンプファイヤ》は、自身のキャンプでの体験から生まれたそうですが、そのようなモチーフで描くようになった経緯を聞かせてください。

 2〜3年前に友人に誘われてバーベキューに行ったことが始まりです。友人が連れてきた初対面の人も何人かいて、もともとは見ず知らずの人同士が一緒にバーベキューの火を囲むという経験が面白いと思ったんです。バーベキューの作業を通して火を囲む集団が成り立つというか。それをきっかけに、まず焚き火を描いてみました。

 それから徐々に自分でも道具を揃えてバーベキューをするようになり、どんどんキャンプに移行していったのですが、キャンプとなると自然のなかに泊まるわけですよね。そうすると、泊まったときの孤独感というか、とくに山のなかだと人工的な明かりもないような環境で、普段の生活から切り離され、隔絶されたような空間に身を置くことになるわけです。野生動物の足音や鳴き声に恐怖を覚えることもありますし、原始に戻ったような感覚が生まれ、日常生活において感じることができないような感情を抱くようになります。最初に描いたのは焚き火でしたが、そこから徐々に、山の奥など日常とは切り離された環境でキャンプした体験が色濃く作品に出てくるようになりました。

齋藤大 キャンプファイヤ 2024 キャンバスに油彩 194×162cm

──《キャンプファイヤ》の作品コンセプトには、「炎への崇拝に近い精神性を自身の遺伝子に刻まれていたかのように想起させた」という文言がありました。視覚的なフィジカルな体験と、感覚的な体験とが結びついて絵が生まれるのですね。

 《キャンプファイヤ》では、宮城県と山形県の境に位置する、蔵王山で見た景色を背景に描いているのですが、当初は炎と星空という自然のイメージからスタートしました。キャンプでの体験やそこで見た景色が絵を描くきっかけとなるのですが、例えば星空であったり、山であったりを見て、そこから想像を膨らませていくと、ある意味でその風景が神格化されるような感覚が生まれます。具体的なモチーフとしての風景があって、そこから自分のなかでイメージが広がっていくのです。

 今回の作品は、燃え盛るような山々をキャンプファイヤに見立て、星空と結びついた風景に人を溶け込ませるようなコンセプトで描いたのですが、荘厳さと美しさを兼ね備えた大自然への畏怖を表現したいと考えました。

──キャンプでの体験をもとに想像を膨らませていくということですが、スケッチやデッサンなどはどの程度制作しますか。

 描きたい景色の記憶やキャンプで撮ってきた写真から、想像を膨らませるのですが、それは散歩をしているときなど頭がクリーンになった状態で行います。頭のなかで構成が生まれてくるので、次にそのイメージを定着させるためにコラージュを制作します。絵画で描きたい情景を、写真と簡単な絵を合わせて定着させるんです。僕はこのコラージュをコラージュ・ドローイングと呼んでいるんですが、本当にドローイングのような感覚で行う作業です。作品にもよりますが、構想を練り始めてからコラージュ・ドローイングを仕上げるまでに2週間ほどかけて、そのあとに絵画の制作に移り、絵は2日か3日ほどで仕上げます。

齋藤大と《キャンプファイヤ》

──絵を描くのはすごくスピーディーなんですね。その際には、コラージュ・ドローイングが下絵のような役割を果たすのでしょうか。

 下絵というわけではなく、作品を描くための手がかりを置いていくような感覚でつくるのがコラージュ・ドローイングです。写真などを置くことで、絵を描くときのイメージが広がるので、コラージュドローイングと完成した作品はほとんど別物だといえます。最初に自身の体験から想像を膨らませ、そこで生まれたイメージを手がかりとして定着させるのがコラージュドローイングで、そこからさらにイメージを広げながら絵画を描くというふたつの段階を踏んで制作を行っています。

《キャンプファイヤ》のコラージュ・ドローイング

──キャンプでの体験が、風景や自然のなかに人を溶け込ませるという作品のテーマへと展開したということですが、絵を始めてからどのようなプロセスを辿ったのですか。

 高校1年でいざ油絵をやってみようとなったときは、純粋に風景画を描いていました。そのときは本格的に作品を制作するという感じではなく、大学に入って現代美術にも触れ、模索する期間が続きました。コンセプチュアルな作品を面白いと思い、コンセプト重視で象徴的な何かをモチーフとする作品も手がけてみたのですが、僕にはあまり合いませんでした。それからキャンプの体験も経て、高校の頃に楽しみながら風景画を描いていたときの感覚に立ち戻り、キャンプで得た体験を作品に反映したいと考えるようになりました。

──その過程において、バーベキューで初めて会った人たちが同じ火を囲むという体験は大きかったのですね。

 バーベキューやキャンプでの集団のやり取りであったり、集団と個人の関係性であったり、というのが最初は面白かったのですが、それを深めて考えていくと、集団や個人を取り巻く風景も重要になってきます。人がいれば、当然そこには取り巻く風景や環境があります。その風景を見たことが描くきっかけになることも、そこに人を描くことも、自分が体験したことの真実味のようなものを大事にしているのが理由なのかもしれません。

──《キャンプファイヤ》は色も印象的な作品ですが、ご自身のなかで色を選ぶ際の好みやルールなどはありますか。

 《キャンプファイヤ》がまさにそうなのですが、赤系、青系を多く使います。風景のなかに人を溶け込ませるというテーマなので、まず人を表す色は赤系だと思っています。血の色は赤ですし、人と赤という色は親和性が高いと感じているんです。青は逆に、自然との親和性が高い色だと思っています。空もそうですし、海や水を表すモチーフは青系で描きます。ルールではありませんが、自分のテーマを表現する際に描いていて気持ちいいのが、そうした色使いだといえます。

「FACE 2025」展示風景より、《キャンプファイヤ》

──技法や制作テーマなどにおいて、これまでに影響を受けたアーティストはいますか。

 自分のなかで一番影響を受けたのが、エイドリアン・ゲーニーという作家です。精巧な絵を描く作家なのですが、メディウム性や色彩といった部分に影響を受けています。それ以前ですと、ゲーニーにもつながる系譜の作家だと思うのですが、フランシス・ベーコンにも影響を受けました。あとは、色彩や面の表現においてはマティスも好きな画家ですし、抽象的な表現をオールオーバーに描くという部分において、ジャクソン・ポロックやウィレム・デ・クーニングにも影響を受けていると思います。

──そういった画家からの影響と、自身のキャンプで得た自然体験などの要素が組み合わさることで、人が風景に溶け込んだ画面を描くようになったのですね。では、絵画だからこそできる表現というのはどのようなものだと思いますか。

 やはり、絵だけがもっている物質性みたいなものがあると僕は思っています。抽象表現主義にも影響を受けていますが、そうした画面を生み出す即興的なプロセスにおいて、画材を用いての画面とのやり取りが生まれます。その過程を経て、キャンバスと画材という無機物が無機物ではなくなるというか、そこに肉体性が伴われることで絵画が生まれると思うのです。それを裏付けるのが物質性だと思っていて、それは平面の絵画にしかないものだと感じます。

《星空サンクチュアリ》のコラージュ・ドローイング

──作品を制作していて最もエキサイティングなのはどういう瞬間ですか。

 想像を膨らませてコラージュ・ドローイングをつくる段階も、自由にイメージを広げられるのでもちろん楽しいプロセスではあるのですが、僕はやはり絵を描くのが好きなんです。キャンバスに絵を描き始めるとどんどん気分が高まっていきます。絵具でキャンバスを埋めていくというか、最前線を押し上げていくような過程がすごく楽しいのですが、いざそれが完成に近づくにつれて、面白くなくなってしまうんです。終わるのが嫌なので、終わりが見えてくると気分が上がらないというか。終わってほしくないという感覚があります。

《加茂水族館旅行記》のコラージュ・ドローイング

──しかし、筆を止めて作品を完成させるタイミングがあるわけです。

 そこはとても感覚的なのですが、ある意味で落ち度がないというか、粗がないと感じたら完成というか、これ以上描いたら壊れてしまうと感じる段階がきたら筆を置きます。もう筆を入れる場所がなくなった、という感覚になったら完成です。

──今後も風景と人をテーマに作品を制作すると思うのですが、挑戦したいことなどがありましたら最後にお聞かせください。

 人を取り巻く環境としての風景をテーマに描くのはこれからも続けますが、そのうえで、自然界に起こる現象について深掘りしていきたいと思っています。僕は現在、山形県に住んでいますが、山形は非常に降雪量が多い場所です。そこで見られる雪という現象について掘り下げていきたいというのがひとつあります。そのように、あらゆる自然現象を掘り下げ、それをもとに風景と人を組み合わせて描いていきたいと考えています。

「FACE展 2025」展示風景より
「FACE展 2025」展示風景より
「FACE展 2025」展示風景より

編集部

Exhibition Ranking