公益財団法人SOMPO美術財団が2012年度に創設した、新進作家の動向を反映する美術作品の公募コンクール「FACE」。12回目の開催となる「FACE2024」では、1184名の応募のなかから津村光璃《溶けて》(2023)がグランプリに選ばれた。同コンクールに入選・受賞した作品を展示する「FACE展2024」(SOMPO美術館、2月17日〜3月10日)の開催にあたって、グランプリの津村にインタビューを行った。
──グランプリの受賞、おめでとうございます。現在、佐賀大学大学院地域デザイン研究科で染色工芸を専攻され、染色による作品を今回の「FACE展 2024」にされました。まず、染色に興味をもつことになったきっかけを聞かせてください。
津村光璃(以下、津村) もともと絵やものづくりが好きで、高校時代に美術部に入っていたのですが、美術の先生が染め物をやられていた方だったので、染め物を体験する機会がありました。染色というと、工芸品として、例えば暖簾のような生活の中にあって用途のあるものをつくるイメージが強かったのですが、布をパネルに張りこみ、あたかも絵のように鑑賞する対象として扱うことが、とても新鮮で、強く印象に残りました。布の柔らかく、しかしちょっとしたことでは壊れない強靭さであったり、蝋と染料というもともと偶然性をはらんだ材料であったり、そうしたものを用いて作業する工程にもとても惹かれました。先生に佐賀大学に染め物の専攻があるということを教えてもらい、美術と工芸のものづくりの面白さを両方味わえるのではないかと考え、大学で専攻することを決めました。
──今回出品された《溶けて》は、蝋けつ染めによって制作されていますが、その特徴を教えてください。
津村 蝋けつ染めというと、色が入らないように布に蝋を置き、染料を入れることで蝋が乗っていない部分に色(染料)が入っていくことで、形、柄を染めていくことが一般的です。私が用いている揉み落としの技法というのは、いったん蝋を布全面に置いたあと、布上で固まった蝋を手で揉んで、粒々みたいなまだらに蝋が付着した状態を一度つくり、そこに染料をかけることで蝋の効果を出します。布を染めたあと、お湯でグラグラと煮て蝋や余分な染料を落とし、最終的に「染まった布」だけが出現します。初めに揉み落としを仕込んでいることによって、色がすごく複雑になり、ざらついたテクスチャーが蝋を取り払った後も出てきます。また、染料自体も日光にあてて発色させる特殊なものを使っているので、その変化にも面白さがあります。大学3年次にこの手法を知り、大学院では制作方法と染料の研究をしながら制作を続けています。
──作品制作においては、下絵やデザインなどを作成するのでしょうか。
津村 もととなるイメージを自分のなかにもっておいて、きっちりとした下絵を描くわけではありませんが、小さなサイズで簡単なスケッチのようなものはつくります。《溶けて》は200×160センチメートルの作品なので、手もとに収まる20×16センチメートルぐらいのサイズでイメージを描き、その縦横の辺を10倍にして作品とする想定で制作を始めました。
──《溶けて》の着想源は具体的な何かだったのでしょうか。
津村 以前から、木であったり、イソギンチャクであったり、具体的なもののかたちをモチーフに構成を進め、段々とかたちや色の印象、布や蝋、染料といった素材のこと、また自分が作品に持たせたい雰囲気のことを考えながら、制作を進めているのですが、《溶けて》でモチーフにしたのは、じゃがいもの芽です。じゃがいもを置いておくと、芽が生えてきて、徐々に伸びて、そのコロッとした可愛らしさの中に、生への貪欲さ、ある種の不気味さが混じったような雰囲気が感じられました。そのイメージをもとに作品にできないかと考えました。
──じゃがいもの芽という具象的なモチーフから、画面に色を配置して色面構成をする抽象化が進められるのですね。
津村 最初のモチーフから何回も描きなおし、抽象的に、印象のようなものを拾っていく作業を繰り返します。それから、溶かした蝋を布前面に刷毛で塗り、揉み落としをして染料をかけ、蝋を洗い流すというのが一連のプロセスです。下絵の段階で色をどこに置こうかと決めるのですが、色の重なりや色面のかたちなどは、揉み落とし技法、そして染料を溶かした液体のもつ流動性によってとても複雑なものになります。自分でコントロールしきれない部分が必ず含まれてくるので、作業に入ると、確かに作品をつくっている感覚があるんですが、同時に「作品が現れてくる」というような感覚もあり、制作にはつねに新鮮さと発見の繰り返しです。
──工芸的なプロセスを経て生まれる、絵画的な画面の立ち現れ方の面白さを、制作を続けるうちに感じられているのですね。《溶けて》で新たに取り組んだことはありますか。
津村 以前は、青や紺などの暗い色調で画面の8割ほどを埋めるような作品が多かったのですが、今回は、黄色やオレンジなどの明るめの色を用いて、白い部分の面積も増やしてみました。そうすることで、前回からの作品同様、画面の奥に続くような空間が表現できるのか、また、白い部分から布の温かさや素朴な風合いなどを感じられるのではないかと考えました。
──実際に作品がSOMPO美術館の空間に展示される状態には、どのような期待がありますか。
津村 今回の作品は、蝋を落として布として仕上がった状態がまずあり、それをパネルに貼り込んで平面化することで、画面の印象には大きな変化が生まれます。それが空間に飾られることでどう見えるか、とても楽しみにしています。
──現在は作品制作を続けながら、大学院では制作方法や染料の研究もされています。津村さんにとって、染色はアートの制作手段だと思うのですが、工芸としての布づくりの研究も行われているのでしょうか。
津村 そこが悩ましいところなのですが、作品制作においては染め物のプロセスを踏んでおり、工芸的な要素がありますが、出てきた作品は絵画のように見えます。蝋や染料、布といった材料や、技法との対話みたいなものが自分にとって大きなウエイトを占めているので、工芸的な視点から研究できる余地が大きいと思っています。「染めるからこそできることは何か?」、このことは学部生時代から常々考えていたことであり、自分がしていることはやはり染め物であることに変わりはないなと、この受賞をきっかけに再認識することができたと思います。制作を続けることと、論文を仕上げるためにどの視点をもつか、というのは自分にとって重要な課題だと思っています。
──揉み落としの技法というのは工芸的であり、身体性を伴う制作が行われていると思うのですが、制作プロセスにおいてどのような部分に惹かれて制作を続けていますか。
津村 もっとも心が穏やかになるのは、蝋を揉み落としている最中です。布に付着した、板状になった蝋を揉みほぐしながら、粉状にして付着させていくあいだは頭のなかが無になっています。穏やかな気持ちでふわっとした楽しい時間です。いっぽうで、揉み落としのあとの染料をかける段階には、取り消しのきかない一発勝負の緊張感が生まれます。どこに染料が染み込むか、布と染料と自分との戦いのような状態になって、ある意味でもっとも密に画面と向き合う時間と言えるかもしれません。対照的ではあるのですが、そのふたつの過程が自分にとって制作において好きなポイントです。
──そして染料が布に入り、最終的に火にかけたお湯で蝋を落としたあとに、画面が生まれます。どのような視点で最終的に画面と向き合うのでしょうか。
津村 蝋は最終的に取り払われてしまいますが、粉々になった痕跡として残っており、また色のムラや複雑な重なりなどは、蝋があったからこそ生まれた効果なのだと感じられます。蝋はなくなっているけど、でも画面から蝋を感じられる。まだパネルに貼る作業が残っているので緊張感はありますが、蝋を落としたあとにそうした部分を見るのはすごく面白いと感じます。
──これから大学院の2年次がスタートしますが、どのような1年を予定していますか。
津村 まず今回グランプリをいただいたことは、すごく嬉しかったのと同時に、制作を続け、論文のための材料と技法の研究もしっかりと行おうと思うきっかけになりました。2月には大学院の同期の9人でグループ展を行う計画もしていますし、これからも公募展にも出品できるように2〜3ヶ月に1点ほどのペースで制作を続けていく予定です。それと同時に、論文も書きながら、大学院修了後に作家として活動を続けるか、将来についても考えていかなければいけません。大学院の同期は、専攻が異なっていても横断的な関わりがあり、論文や制作においても切磋琢磨できる関係にあるので、刺激を受けながら頑張っていきたいと思っています。