「否定的媒介」としてのアール・ブリュット
それでも、アール・ブリュットという1945年生まれの概念はいまなお生き延びている。美術館も収蔵を始め、研究論文も増えているという事実が示すのは、やはりその概念や作品自体が魅力的であるということだ。スイスのキュレーターであるハロルド・ゼーマンはヴェルフリを重視し、ハンス・ウルリッヒ・オブリストは、ハンス・クルージーというアール・ブリュットのアーティストが自分にとって重要な存在であったと述べている。彼らは、美術史が取り込めない存在を深く知ろうとしたからこそ、美術史の限界=境界線を見極めつつ、そこから翻ってその可能性を引き出すことができた。彼らはアール・ブリュットを「否定的媒介(Nagative Mediation)」として機能させようとしたのだとも言える。
ただ、展覧会のキュレーションと作品の収蔵ではロジックが異なる。アール・ブリュットを美術館という制度の内部に取り込むには、既存の美術史とは別の評価軸が必要だ。それは、現在の収蔵事例からだと、以下のような評価軸に分類できる。
①美術史の再編成という壮大なプロジェクトの一環として行う方法(ポンピドゥーなど)
②「個人が築いたコレクション」という点を重視するという方法(ウィットワース・アート・ギャラリーなど)
③フォーク・アートやセルフ・トート・アート(独学の芸術)などの既存のタームにアール・ブリュットを取り込む方法(ハイ美術館、フィラデルフィア美術館など)
④歴史ではなく地域文化との関連を重視する方法(サンフランシスコ近代美術館、滋賀県立美術館など)
ジョージア州アトランタにあるハイ美術館は、1975年から存命の独学のアーティストたちの作品収集を開始したことで知られている。彼らが活動しているディープ・サウスの文化圏にあっては、例えば、ニューヨーク近代美術館が形成してきたような、ヨーロッパを源流とするアートの発展史観は説得力をもたない。それよりも、あるオーディエンスにとっては、地元で脈々とつくられてきたフォーク・アートや、そこから派生しうるセルフ・トート・アートのほうがより重要となる。それゆえに同館は、アメリカの総合的な美術館としては初めてとなるFolk and Self-Taught Art専門の部門を1994年という段階で立ち上げることができるほどのコレクションをつくりあげてきた。これは言い換えれば、同館が、自分たちの地域に多く住むBIPOC、つまり黒人(Black)、先住民(Indigenous)、有色人種(People of Color)へのリスペクトを、コレクションの形成に反映させてきたということでもある。
また、サンフランシスコ近代美術館(SFMOMA)は2023年10月、障害のある人の創作を、制作、展示、販売と広い角度からサポートしている、地元のクリエイティブ・グロウス・アート・センターとパートナーシップを締結。記者発表では、SFMOMAがこれから2年のあいだに、100点以上の作品を収蔵するとともに、展覧会を2つ以上開催する計画が発表された。興味深いのは、SFMOMAにとってこのパートナーシップは、「ベイエリアにおけるアートと障害者運動の出現を称え、この地域の芸術的豊かさの重要かつ見過ごされがちな側面を前面に押し出す」ためであり、「より多様なアーティストの作品を展示・収集し、美術史とそれを形成してきた物語やアーティストに対する理解を広げるというSFMOMAのビジョンを実現するための継続的な努力の一環」でもあるとしている点だ(*2)。上記の分類で言えば、④をメインに①を少し入れている感じである。なお彼らは、アール・ブリュットでも、その英語訳に相当するところのアウトサイダー・アートでもなく「障害とともにあるアート(Art with Disabilities)」という言葉を用いている。
最後に付言しておくと、私が勤務している滋賀県立美術館がアール・ブリュットを収蔵方針のひとつに掲げているのも、戦後間もない頃から、八木一夫などのアーティストが関わるかたちで障害者の芸術創作の支援が行われてきた地域の背景があるからである。
いま、世界中の美術館が何かしらの評価軸を用いながらアール・ブリュットを収蔵しようとしているのは、それが美術史や美術館に対する「否定的媒介」として働き、美術館をより強くする可能性があると信じているからだろう。日本においても、上記の①から④の評価軸に基づくことで、あるいはそれ以外の評価軸を打ち立てることで、各地の美術館にアール・ブリュットの収蔵品が増えることを心から願っている。
*2──サンフランシスコ近代美術館公式ウェブサイトより。https://www.sfmoma.org/press-release/sfmoma-and-creative-growth-art-center-announce-unprecedented-partnership-in-celebration-of-creative-growths-50th-anniversary/



















