アール・ブリュットの誤読と課題、そして可能性。山田創が語る「つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人」

美術館の学芸員(キュレーター)が、自身の手がけた展覧会について語る「Curator's Voice」。第24回は、滋賀県立美術館で開催中の「つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人─たとえば、『も』を何百回と書く。」(~6月23日)を取り上げる。本展からうかがえるアール・ブリュットの可能性と誤解、そして滋賀県立美術館がアール・ブリュットを収蔵方針に掲げる意義について、担当学芸員の山田創が語る。

文=山田創(滋賀県立美術館 学芸員)

展示風景より 撮影=編集部

アール・ブリュットの誤読と課題、そして可能性

日本におけるアール・ブリュットの受容──舛次崇、戸來貴規、小幡正雄、山崎健一 

 滋賀県立美術館では、4月20日から6月23日まで「つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人」展を開催している。アール・ブリュット(Art Brut、以下AB)は、1940年代にフランスのアーティスト、ジャン・デュビュッフェが提唱した美術の概念で、日本語では「生(なま)の芸術」と訳される。デュビュッフェは、精神疾患者や独学のつくり手が生み出す独特の表現に関心を持ち、これをABと名付けた。ちなみに「ブリュット(Brut)」はシャンパン用語で、加糖されていない生の状態を意味し、辛口の味わいを示す(デュビュッフェはワイン商でもあった)。

 日本では2010年頃から、ABが美術や福祉の業界で話題となり始めた。その最大のきっかけは、2010年にフランス、パリのアル・サン・ピエール美術館で開催された「アール・ブリュット・ジャポネ(ART BRUT JAPONAIS、以下ABJ)」展であろう。この展覧会では、日本各地の障害者による作品が日本のABとして紹介され、現地で話題を呼んだ。同展は日本に凱旋し、国内の公立美術館を巡回した。パリからの逆輸入のかたちで、ABは日本での知名度を増し、同時に障害者による創作活動が注目を集めた。

 ABJ展に出展した63人のうち、展覧会後に日本財団が収蔵していた45人のつくり手による作品が昨年8月、滋賀県立美術館に寄贈(一部寄託)された。本展は、この45人の作品をお披露目している。ここでは、そこから4名のつくり手を紹介しよう。