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対談:なみちえ×吉國元。「横断者」として生きる。日本とアフリカのはざまで模索する、アイデンティティと表現

現在、岐阜県美術館で開催中の「―モンスーンに吹かれたように―大移動と交流のアフリカ–アジアの現代美術」展(3月13日~6月14日)。その出展作家である2人、アーティストやラッパーとして活動するなみちえと美術家・吉國元の対談が実現。ガーナと日本にミックスルーツを持つなみちえと、ジンバブエで生まれ日本へ移住した経験を持つ吉國、2人がそれぞれ歩んできた道のりと、いまなお根深く残る偏見や差別、そしてそれらの経験と切り離すことのできない自身の制作のあり方について話を聞いた。 ※5月17日24時まで、すべての方に全文お読みいただけます。

構成=近江ひかり ポートレイト撮影=菅野恒平

左から、吉國元、なみちえ。東京・町屋のアフリカ屋にて

マイクロアグレッションからの脱却

吉國元(以下、吉國) 今日は東京・町屋にある「アフリカ屋」に対談の会場を提供していただきました。古き良き日本との接点を発信し、1994年から西アフリカでつくられた布を直輸入して販売してきたこの場所は、僕がたびたび訪ねる「東京のアフリカ」のような憩いの場所です。今回のアフリカに関する対談の場所として相応しいと考えました。

 なみちえさんはお父様がガーナの方、お母様が日本の方で、生まれ育ちは日本。僕の両親は日本人ですが、生まれ育ったのはアフリカのジンバブエです。今回は、2人が参加している「―モンスーンに吹かれたように―大移動と交流のアフリカ–アジアの現代美術」展のサブタイトルにある「大移動と交流のアフリカ–アジア」のいわば当事者である我々が、自分自身と作品について対話する機会になればと思います。

 まずは、なみちえさんの美術家としての活動からうかがっていきたいと思います。ラッパーとしては黒人差別用語を批評的に使った楽曲『おまえをにがす』(2019)などの作品で知られますが、もともと着ぐるみ制作から表現活動を始められたんですよね。

なみちえ。ガーナと日本にミックスルーツを持ち、アーティストやラッパーとして幅広く活動を行う

なみちえ 小さい頃から絵を描くのが好きで、祖父と川崎市岡本太郎美術館に行ったときに「お前も藝大(東京藝術大学)に行くんだぞ」と言われたのをきっかけに、9歳から藝大を目指していました。なんとなく油絵科に憧れていましたが、美術書を読みながら「なんで白人ばかり出てくるんだろう?」「なぜ私は西洋の美術を学んでいるんだろう?」と、うっすら疑問に思っていましたね。

 着ぐるみ制作を始めたのは中学2年生のとき。中高生時代は動物に対する憧れがあり、いわゆる「ケモナー」(*1)界隈でイラストを発表したり、着ぐるみをつくったりしていました。ただ、私が獣に惹かれる気持ちはフェチズムではなく、発展が正義である西洋至上主義的世界に対する反逆心が根底にあると気づいたんです。そんなとき、藝大の先端芸術表現科の存在を知り、既存のものとは異なる自分独自の表現領域を探したいと思い、進学を決めました。

 着ぐるみには、自分自身を100パーセント隠しても表現が成立する面白さがあります。大学では着ぐるみを使った作品を制作するいっぽう、19歳からラップを始めました。両極端ともいえるメディアを横断することで、いまの自分が成り立っていると思います。

なみちえによる「Kigroom」シリーズ。中学時代から着ぐるみの制作を始めており、同シリーズは貸出も行っている Courtesy of the artist
なみちえ《22》(2019)布、ウレタン。なみちえの父と母を模したリバーシブルの着ぐるみを着る映像パフォーマンス作品 Courtesy of the artist

吉國 なみちえさんの作品には、見られることに対する批評意識が強くありますよね。その背景には、ミックスルーツとしての経験があるのでしょうか?

なみちえ そうですね。昔からマイクロアグレッション(*2)を感じない日はないので、そこからの脱却を考えていたと思います。あとは、着ぐるみというとコスプレだったり、商業的・エンタメ的な側面もあるので、それを芸術にするための横断的な方法もずっと考えてきました。

 大学4年生のときに制作した《22》(2019)は、自身の父と母をリバーシブルで表現した着ぐるみ作品です。短毛のファーで父と母の肌の色を表現して、お母さんを着てるとお父さんの顔が目の前にあり、裏返すと逆になる。いま見ると「何考えてんの自分」って思うんですけど(笑)。

なみちえ《隠れるための顔》(2025) Courtesy of the artist

吉國 でもまさにそれが、いわばミックスルーツのリアリティですよね。本展出品作の《隠れるための顔》(2025)ではご自身の髪の毛を素材に、縮れ毛や褐色の肌を表現されていて、作家としてのフェーズの変化を感じます。

なみちえ 25歳頃を境に、無国籍ではいられないことや、自分が女性であることを自覚し始めたので、現実と自分を見つめるための作品だったと思います。

吉國 ここでいう「自分」というのは、ミックスルーツのなかでのガーナ系としてのあり方ですか?

なみちえ そうですね。2024年にガーナに行った後につくったので、アフリカ的な自分を見つめ返す手段でした。紐の部分は日本の伝統的な手法である組み紐でつくったのですが、日本的な部分とアフリカ的な部分の混ざり合い、ゆらいでいる自分自身が出ていると思います。日本生まれ日本育ちなのでアジア的要素はわざわざ再生産しようと思わないけれど、自分のなかにアフリカ的なものを見出すことが救いに近かった。心のルーツを50:50にしたい感覚がありました。

吉國 周りのミックスルーツの方を見ていても、とくに日本でアフリカ系をバックグラウンドに持っている方は、欧米的・日本的な価値観に自身を合わせていかざるを得ない難しさがあるように感じます。

なみちえ 実際にそう感じます。あえてこの言葉を使うなら、「ハーフ」として見られるとき、多くの場合、まずアメリカ的なまなざしが前提にあるように思います。メイクやスタンス、ファッション、振る舞いなど、本人のルーツとは関係なく、“アメリカ的な黒人らしさ”や“かっこよさ”を期待されてしまう。そのことに違和感があります。

吉國 だからこそ、なみちえさんの活動のあり方はすごくエンパワリングですよね。葛藤もあると思いますが、ご自身のバックグラウンドやあり方を肯定するような姿勢に勇気づけられる人は多いと思います。

*1──動物の要素を持ちながら擬人化された動物キャラクターを愛好する人々、あるいはそのキャラクターを好む人。
*2──無意識の偏見や固定観念が日常的な言動に表れ、特定の個人や集団を傷つける行為。

編集部