まだ体ではないものたち
花形槙「未体──遡行メディア論:人間の捻転」(TAV Gallery)
これらの上演・展示の数ヶ月後、花形槙の個展「未体──遡行メディア論:人間の捻転」がTAV Galleryにて開催された。花形は今回の上演には不参加だが、Stillliveに複数回参加している作家である。

本展の主な出品作は、花形自身の身体を接写した「未体」という映像シリーズだ。舌、毛穴、肛門、尿道といった身体部位──本展が「人間の穴」と総称するもの──を、可能なかぎり拡大し、部位の表面に生じる、肉眼では捉えられない微細な蠢きをとらえる。テクノロジーを用いて、あるいは肉体を酷使して(*8)、われわれの身体の、普段は感覚されないグロテスクな相貌を感知可能にすること。それによって、身体について鑑賞者がもつ認識の刷新を試みる展示だったと、ひとまず総括できる。
だが本展はこれらを、通常の身体把握から逸脱し、身体でありながら人間自身による統御を逃れる箇所──本展キュレーターの西田編集長が言う、「人間誰しもが持ち得ながら、凝視しきれていない“異型”」──として提示するだけに留まってはいなかった。

「未体」が示す蠢きは通常、体を動かした際などに不随意的に生じるものだ。その動きはあまりに細かく、完全に統御できるとはふつう考えられていない。歩きながら「あ、いま、自分、肛門の襞(ひだ)を動かしてる」などと考える人間はおおよそ存在しないだろう。対して花形が試みるのは、普段は意識されない蠢きを意識化したうえで、自らの意志によって操作することだ。映像単体ではそのことは不明瞭だが、接写映像は基本、ヘッドマウントディスプレイによって動きを確認しつつ撮影されたという(*9)。部位を実際に動かし、肉眼では見えない細やかな姿を確認し続けることで、「こう動かそうとすれば実際にはこう動く」という対応関係を学び、統御する術を身につけていく。「未体」がとらえるのは、この学習のプロセスだったのだ。
テクノロジーを用いつつ従来の人間からの逸脱を目指す花形の実践は、一見典型的にポストヒューマニズム的な、現代社会の動向を強く反映したものに見え、実際しばしばそうした視点から語られてきた(*10)。しかし、本展で示された花形の欲望は決して目新しくはなく、どちらかといえば人間主義的なものであるように思われた。そこで試みられていたのは、身体の手なずけがたさ、その他者性・物質性をまず把握したうえで、それを操作しうる対象へと転化することで、自分の意によりよくかなう方法で身体を操れる主体になることだったからだ。
なお上記の指摘は、演劇・パフォーマンス研究者の石川祥伍が、本展以前の花形を論じた批評(*11)で提示した論点を引き受けたものだ。そこで石川は、「肉」という構成物質に即して人間を捉えることで、人間についての従来の理解を問いに付そうとする花形の欲望が、近代の人間に典型的に見られる「18世紀末以降の傾向」であることを、ミシェル・フーコーの議論を参照しつつ指摘していたのだ。
とはいえ本展は、石川が描き出した、少し前の花形のありようとは異なるものでもあった。先に確認したように、本展に露骨に見られたのは、人間に含まれていながら統御を逃れる「肉」をよりよく把握し、自分という主体によって統御可能なものにしようとする志向だった。対して石川が花形作品に認めるのは、身体の「肉」としての側面を全面化することで「理性的で主体的な存在」から離れ、死体に近しい何かへと近接しつつも、最終的には人間性を捨てきれないという事実へと直面する、そのような運動だったのだ。花形のこの変化、あるいは揺らぎの意味については、今後の本格的な検討が待たれるだろう。
*8──出品映像のうち唯一「未体」シリーズではない《舌を見る》(2026)は、舌の表面を目視し続けようと努力する花形の姿──舌を長時間突き出し、指で引っ張り、可能な限り下方へと眼球を動かす──を引きでとらえたものだった。
*9──「牢」vol.3内で花形が上演した「舌を見る」は、「未体」のプロトタイプともいえるものだった。そこで観客は、接写された舌の映像と、それを確認しつつ舌を動かす花形の姿を同時に見ることができた。
*10──例えば、花形が参加予定の演劇祭「秋の隕石2026東京」の紹介文は、その作品『エルゴノミクス胚』(東京芸術劇場 シアターイースト、2026年10月29日〜11月1日)を、現代社会の「深い閉塞感」に由来する「もう人間ではいられない」という欲望と結びつけている。
*11──石川祥伍「これは人間ではない。では何か?:花形槙『A Garden of Prosthesis』評」、『DAÉN だえん』公式note、https://note.com/ars_ellipsis/n/n4ac7a800f7ed、2025年10月31日公開。
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