特別展「Double Body―細江英公と土門拳」(土門拳写真美術館)レポート。「肉体」を通じて見える2人の巨匠の美学とは【3/3ページ】

故郷の風と子供たちに刻まれた、生と未来のビジョン

 第10章「海を超えて」では、当時の日本では先駆的だった細江の国際色豊かな作品群と、その裏で深まっていく日本人のアイデンティティを感じさせる作品を交えて展示する。続く第11章「日本の肉体-社会と古典」では、戦後の土門の活動として重要な写真集『ヒロシマ』(研光社、1957)を紹介。戦後の都市の空気、伝統美、そして社会問題を捉えた土門の仕事は、「日本」という巨大なテーマそのものを内包している。

第11章「日本の肉体-社会と古典」の展示風景。手前は『ヒロシマ』(1957)より、《被爆者同士の結婚》

 美術館のある山形県酒田市は土門の生誕地だが、彼は6歳で上京して以来、47歳になるまで故郷の土を踏むことはなかった。「日本一の写真家になるまでは帰らない」と公言するなど、東北に対しては愛憎半ばする複雑な感情を抱いていたとされる。対する細江は米沢市に生まれ、終戦までの幼少期をこの地で過ごした。第12章「東北より愛を込めて」では、同じく東北・秋田の出身の土方巽を捉えた細江の代表作「鎌鼬(かまいたち)」シリーズと、取材で再び酒田を訪れた際の土門のポートレート2点が並ぶ。東北にルーツをもつ2人が、いかにして郷土を見つめ直したのか、その深層が浮かび上がる。

第12章「東北より愛を込めて」の展示風景

 最終章となる第13章「生まれ出づる身体」では、土門と細江が捉えた子供たちの写真が一堂に会する。そこにどのような未来や希望を見出そうとしたのか、作品群が隣りあい、あるいは向かいあうかたちで並ぶ。

 とりわけ強い印象を残すのが、戦後リアリズムの潮流のなかで流行した「乞食写真」の扱いだ。過酷な社会課題として現実に切り込んだ土門と、どこまでも子供の愛らしさや生命力をすくい取った細江による母子写真。対照的な2つが象徴するように、同じ時代背景を共有しながらも、「肉体」というテーマを通じて描き出されたのは、2人の巨匠による美学そのものであった。

第13章「生まれ出づる身体」の展示風景

編集部

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