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6歳の少女の「声」を、映画はいかに伝えるのか。映画『ヒンド・ラジャブの声』カウテール・ベン・ハニア監督インタビュー

パレスチナのガザ地区でイスラエル軍の攻撃を受けた車内に取り残され、救助を求め続けた6歳の少女ヒンド・ラジャブ。カウテール・ベン・ハニア監督による映画『ヒンド・ラジャブの声』は、彼女とパレスチナ赤新月社との実際の通話音声に俳優たちの演技を重ね、救助をめぐる緊迫したやり取りを描き出す。なぜ現実の声とフィクションを交差させる手法を選んだのか。そして、SNSを通じて膨大な映像が流れ、忘却されていく時代に、映画には何ができるのか。来日したベン・ハニア監督に、パレスチナ/イスラエル研究者の早尾貴紀が聞いた。
※本記事は9月4日24時まですべての方にご覧いただけます。

聞き手・文=早尾貴紀(東京経済大学全学共通教育センター教授)

カウテール・ベン・ハニア監督

 イスラエルによる壊滅的な軍事侵攻を受けるガザ地区で、2024 年1月29日に、親族ら7人が乗り合わせで避難していた車が攻撃された。遺体に囲まれながら、最後にひとり生き残った6歳の少女ヒンド・ラジャブは「パレスチナ赤新月社」(西岸地区)の緊急通報センターとの電話で救助を求め続けた。赤新月社のスタッフらは、ヒンドとの電話をつなぎつつ、各方面との時間をかけた調整の末に救急車を向かわせることができたが、結局、救急隊員もヒンドもイスラエル軍に殺害された。ヒンドたちの乗っていた車両には、355 発の弾痕が残っていた。

 このときの通話音声の一部を聞いたチュニジアのカウテール・ベン・ハニア監督(『皮膚を売った男』(2020)など)は、ヒンドの声を世界に届けるべく映画『ヒンド・ラジャブの声』を制作。遺族と赤新月社に許可を得たうえで、丁寧に状況を調査し、事実に即して台本をつくった。映画内で使われた通話音声は、実際に録音されて残されたものであり、観客は映画を通してヒンドが助けを求める声を聞き続けることになる。

 この作品の公開にあわせて来日していたカウテール・ベン・ハニア監督にインタビューを行い、映画の制作背景や込められた思いをうかがった。

インタビュー:「無力さ」からそれでも映画をつくる

早尾 映画の中で赤新月社のスタッフたちがガザから離れて西岸地区にいること、電話でしかヒンドや家族とつながれないこと、そのもどかしさや無力さが痛いほど伝わりました。おそらく当時の実際の現場でスタッフたちが感じていたであろうもどかしさや無力さを、パレスチナ人である役者たち、そして同じアラブ人でチュニジア人のベン・ハニア監督も感じていたと思います。また私たち映画の観客もスクリーンの前で自分の無力さに打ちひしがれることになります。この映画の主題はこの無力さや、それでも、現実に向き合い続けようという人間の意思だと思うのですが、いかがでしょうか。またベン・ハニア監督はパレスチナ人ではない立場で映画を制作することについて、どのような距離感を感じていましたか。

ベン・ハニア 確かに自分はパレスチナ人ではなくチュニジア人ですが、ジェノサイドの時代において、私たちはそういった出自を超えてつながっていますし、そのことを人間性(ヒューマニティ)において感じています。だからこそ早尾さんも日本という地理的に遠い場所でも、パレスチナの闘争にコミットしていらっしゃるのだと思います。私たちは、不正義な世界に生きているのです。私は映画監督として、作家として、不正義に怒りを覚えますし、その怒りを作品に込めることができます。とはいえ、アラビア語話者であるということは、当然パレスチナ人の役者らを演出し、そして深い対話をするのにとても助けになりました。またチュニジアはご存知のとおり、1982年にパレスチナ解放機構(PLO)がレバノンから拠点を移し、そしてイスラエル軍に爆撃を受けた場所です。その点でチュニジアはパレスチナと歴史を共有しています。

カウテール・ベン・ハニア監督

 映画制作の経緯ですが、ガザ・ジェノサイドが始まった頃、ちょうど何年もかけて用意していたチュニジアの物語の映画化の制作費が集まり、そろそろ制作準備に入れるという段階でした。けれども、ジェノサイドが始まると、そちらの映画制作には手がつかず、とにかくガザのニュースに釘付けになっていました。想像を絶することが起きているなか、映画監督であることの意義を自問し、いまやっていることに意味があるのかとさえ思いました。そんなときにSNSを通してヒンド・ラジャブの声を聞き、彼女の声を脳裏から消すことができなくなりました。そして私はガザの外にいて表現することができるという特権的な場所にいるのですから、それをあえて行使し映画を制作するべきだと考えました。そして、ほかの制作を中断して本作の制作に着手しました。

 本作は、まさに無力さについての映画ですが、諦めないことについての映画でもあります。赤新月社のスタッフはあり得ないような状況のなかで仕事をしており、私はその献身と勇気にたいへん心を動かされました。少女の命を救うためにできることをすべて行い、そのために同僚ふたりの命という重い対価も払うことにもなりました。欧米ではパレスチナの声は抑圧され、ほとんど届いていないため、すべてを包み隠さずに伝えることはとても重要です。この映画を鑑賞した皆さんの反応を見て、改めて映画のもつ力に信じることができました。本作の制作は、私自身にとっても、無力さを感じないようにするための方法でした。